新たな妖精虫

山下群司令は思わずソファーから立ち上がった。


「なんだって!?」


「まあまあ、落ち着いてください、群司令。まだ可能性の段階ですので」


「落ち着いていられません!それが本当なら、年端も行かない少女達を無理に戦わせる必要がなくなるんだ」


「お座りください。まだ続きがあります」そう所長は山下群司令に着席を促し、説明を続けた。仕方なく山下はソファーに座り直す。


「この画像をご覧ください。これが通常の、少女達に移植される『妖精虫』です。今回発見された妖精虫はそれよりも2倍程度大きく、さらに『オス』です」


「通常の妖精虫は『メス』でしたよね」


「その通りです。しかも兵幼虫と言って、成虫にはならず、コロニーの防衛を担当します。今回発見されたのは、有性生殖可能と思われるオスの成虫です」


「妖精虫は無性生殖で増えるのでは?」


「その通りです。妖精虫の中で、無性生殖を行う個体が存在しどんどん数を増やすこともできます。ただし、この無性生殖をする個体は、兵幼虫と違い移植しても力を発揮できません」


「今まで移植してきたのは兵幼虫だけと?」


「そうです。しかも兵幼虫も当然全てメスです」


「先生はもしかして、『兵』で『幼虫』で『メス』だから、少女達に移植すると戦闘力を発揮するとお考えで?少々安易な発想では?」


「そうでもないのです。逆に成虫のメス、つまり無性生殖で増える個体は成人女性に適合する確率は高いのです。戦力にはなりませんが」


「それでは、今回発見された妖精虫は成人男性に移植可能だが、戦闘向きの妖精虫ではないので戦闘力は発揮できない可能性が高いと?」


「その可能性もあります。しかし試してみないとなんとも言えません。戦闘向きでないのかどうかもまだわかっていません。我々はこの個体を『王』虫と呼んでいます。この『王』虫をと通常の妖精虫を一緒にすると、王の周りに寄ってきて世話をしようとするからです」


「王ですか… 周りのメスと交尾はしないのですか?」


「しません。おそらく対となる有性生殖専用のメスがいるのでしょう」


「『女王』とか?」


「そうですね。発見されたらそう呼ぶと思います」


「せっかく発見された『王』ですが」所長は渋い顔をして続けた。

「この珍しいタイプの妖精虫に対して、適合性を調べるための試験方法がまだありません。適合しない人物に無理に移植すると」


「どうなるのですか?」


「免疫系が暴走してまず命はないでしょう。適合しない人物を積極的に殺すようプログラムされているようです」


「プログラム?」


「私は、この生物は恐らく過去の人類が手をくわえたものだと信じています。決して宇宙人などではなく。研究所の地下にあるものも」


「この『王』虫の存在を知っているのは?」


「私と少数の研究員だけです。そこに群司令が新たに加わったわけです」


「なぜまた、私に?」


「上層部にどう言ったものか、迷っているのですよ。適合を調べるための試験方法がまだありません。このままだと、ことと次第によっては安全性が軽んじられ、適合者を探すため多くの犠牲が出るなんてことにもなりかねません。だから先に群司令に相談したかったのです」


山下群司令は暫く黙って、額に手を当てて考えた。そして、


「分かりました。もう少しだけ調査を進めてください。その間に上への伝え方を考えておきまましょう。悪い方向に行かないように」


「お願いします、群司令。あと2ヶ月、いや、3ヶ月ください。その間にさらに実験を進めます」


「分かりました。良い結果を待っていますよ… ではそろそろ参ります」


「お越しいただきありがとうございました」


「何か相談したいことがあったら、お伝えください」


そう言って、山下群司令はソファーから立ち上がり、南条所長に見送られながら部屋から出た。


部屋の外で立哨しているはずのケン坊こと袴田賢、袴田2佐の弟に声をかけようとしたが、立哨していたのは別の人物だった。もう交代してしまったようだ。今度、陽子君に文句を言っておこうと思っていると、電話がかかってきた。見ると山田くんからだ。


「群司令〜、次の会合に間に合いませんよ〜。何度も連絡したんですが全然繋がらなくて〜(泣)」


上官のスケジュールを管理する山田くんは涙声だった。副官は民間の組織で言うところの秘書みたいな役割を担うので、当然スケジュールも副官が行っている。


時計を見るとヘリで飛ばしても全く間に合わない時間だった。次の会合は防衛大臣や在日米軍のお偉方が参加するパーティーだ。山下はこういった政治的な意味しかない会合によく遅れる遅刻の常習犯だった。以前、遅刻して防衛大臣を激怒させ、今度遅れたらヘリの燃料費を給料から差し引くと言われていた。


さすがにこれはまずい。山下群司令は策を打つことにした。


「大丈夫だよ、山田くん。持つべきものは上司だよ。ちょっと上司に連絡するから、君は玄関で待っててくれ」


と言い、上司に電話を入れた。その上司とは。


なんと、航空幕僚長、略称は空幕長、航空自衛隊のトップだった。空幕長はすぐに電話に出た。


「どうしたんだね、山下君。え!?もしやまた遅刻かい?まったくもう、戦術会議とかには遅れないのに、お偉方との会合とかにはいつも遅刻するんだから」


「申し訳ありません、空幕長。お願いがあるのですが、その、取り繕っておいていただけませんか?」


「またかい!?本当にもう。わかったよ、でも貸しにしておくよ」


「ありがとうございます、空幕長!」


「で、今まで何回貸しにしたかな〜?もう高級ステーキ1回分だと思うんだけど?そうだよね!?んじゃ、楽しみにしておくよ」


と言って空幕長は電話を切った。山下群司令に拒む隙はなかった。


高級ステーキとは、いつも空幕長が通ってるあの超高級ステーキハウスの特上ステーキことだ。それを奢れというのだ。それはもう、山下群司令の1ヶ月の小遣いを遥かに超過する。家内に予算要求をしなければ到底無理だ。家内への予算要求の厳しさに比べれば、財務省の担当官のそれなど遥かに温情に溢れていると断言できる。


これまで山下群司令が磨いてきた、口八丁手八丁の技を今こそ注ぎ込む時だ。厳しい戦いになることに身震いしながら、彼は研究所を後にした。

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