空に舞う妖精

「りか!そっちに行ったわよ!」


昆虫のような4枚の羽を背中に生やして空を舞う少女が叫んだ。彼女の名は荒川祥子、16歳。空には、彼女の他にも多数の、羽を生やした少女たちが浮かんでいた。そんな羽では人間を浮かすことなどできそうにないが、確かに彼女たちは空を舞っている。彼女たちは、恐ろしい敵と闘っている最中だった。その正体不明の敵の名は『妖魔』。彼女たちと同じように背に羽を生やしているが、漆黒の、人の形をしているものの目も鼻も口もない、意思疎通もできない化け物だった。荒川祥子はこんな化け物と闘う「妖精」たちの中隊長だった。


「了解、しょーこ」


南りかが答えた。彼女は荒川祥子の部下兼同期兼友人の「妖精」の小隊長だった。


「第2小隊!みんな!追撃するぜぃ!」


南りかは、奇妙な男口調で自分が率いる第2小隊員に指示を出した。


「「はい!!」」


部下たち、というよりは部活の後輩のような女の子たちが応答した。


「もう、このプロテクタ動きづらいよ。可愛くないし」


妖魔に向かう南の部下で後輩の堀田早苗が1人ゴチた。


「ぼやいている暇ないわよ、さな!可愛くないのは同意」


それを無線で聞いていた荒川祥子がツッコミを入れた。


妖魔の1体が南りか率いる小隊に気付き向かってくる。妖魔は凶悪な敵だが単純な行動しかできない性質を利用して仕留める作戦だ。


「散開!!」


南りかが叫んだ瞬間、小隊が広がり、妖魔が取り囲まれる。りかは小隊に指示を出した。


「全員攻撃!」


彼女たちは武器を何も持っていないが、手をかざして妖魔に向ける。その瞬間妖魔は強いダメージを受け、墜落していく。


「第2小隊、妖魔一体撃退」りかが中隊長の荒川祥子に報告した。


「確認したわよ、りか。まだ気を抜かないで。もう1体残ってるから」


「わかってま!」りかが祥子に答える。


残った妖魔は戦意を無くしたのか、逃げようとしている。


「逃すわけないでしょ!」


祥子は自分の受け持つ中隊長直轄の第1小隊と南りかの第2小隊で逃げる妖魔を挟み撃ちにしようと考えた。


「りか!あなたの隊とわたしの隊で挟み撃ちにするわよ!」


「合点承知!しょーこ!」


二つの小隊に挟み込まれ逃げるのは無理と悟ったのか、祥子の隊に妖魔が突っ込んできた。


「いけない!全員退避!!」


「え!?」第1小隊の新入り、高野藍が戸惑う。


祥子は呆けている高野藍の手を強引に引っ張って全力で妖魔から逃げた。


妖魔が光った瞬間、爆ぜる。


荒川は咄嗟に藍を抱き抱えて護った。妖魔は自爆して妖精達を巻き込もうとしたのだ。荒川は辺りを見渡し、自分の小隊員の無事を確認しようとした。


全員無事のようだ。本当に良かったと思っていると、スンスンなく声がする。そうだ、守った藍が泣いているのだ。


「先輩ぃーー、ごめんさぁいー。うえーん」


「泣かないの藍」


「怖くて何にもできませんでしたぁぁ。おしっこちびっちゃったよぅ」


藍は本当に可愛い後輩だ、いつまでも抱きしめてあげてたかったが、そういうわけにもいかない。荒川祥子は中隊長なのだ。


泣きじゃくる藍の手を引き、南りかの小隊に無線で連絡した。


「りか、そっちは」

「全員無事だぜ!負傷者なし」

「了解。第1中隊、そのまま待機」


部隊に待機を指示すると祥子は所属する部隊の司令部に連絡を取った。


「隊司令部応答願います。妖魔2体撃退。内1体は落下。もう一体は自爆しました」

「こちら、隊司令部。妖魔の反応消失を確認。あ、司令からです」


第1妖精隊司令部の通信オペレータから連絡があった。荒川の上官、第1妖精隊司令が直接荒川に通信を入れたのだ。


「第1中隊、落下した妖魔の回収に向かった地上部隊に合流して。妖魔の落下地点を知らせるから。死んでるとは思うけど、念のためにね。ずっと前、落下した妖魔が生きてて結構負傷者が出たことがあるのよ。お願い」


「えーー、陽子お姉ぇ、そんなの待機中の中隊か教育隊の子たちにやって貰えばいいじゃん」


「ちょっと!公務中は『司令』とか『隊司令』って呼ばなきゃダメっていつも言ってるでしょ!てか、他の中隊は訓練中とかで出払ってて行けないでしょう?それに教育隊は私の部隊じゃないんだから勝手に頼んだら私が群司令から怒られちゃうじゃない。文句言わない。復唱は?」


「はーい、『袴田』司令。第1中隊、地上捜索隊を支援しまーす」


「あと、あんたの方が階級が上だけど向こうの隊長さんの方がずっと年上なんだから失礼のないようにね」


「了解。よう、じゃなかった、袴田司令。第1中隊、皆んな、聞いてた?今から地上に行くわよ」荒川は中隊に号令した。


「そうそう、今研究所の装備部で新しい装備のテストしてて、今度試着してもらうみたいだから。今のよりずっと動きやすくて可愛いってよ」


「え、楽しみ〜。研究所には、お兄ちゃんもいるんだよね?可愛いの見せたいなぁ。よし!んじゃ、中隊の皆んな、降下するよ!」


気合を入れた祥子は部隊を連れて地上への降りていった。


ふうと、ため息をつき、袴田陽子は司令部のモニタスクリーンを見上げた。モニタには、彼女たちの発する微弱な『重力波』から求めた位置が表示されている。


遠ざかる祥子の中隊を確認しながら彼女は昔を思い出していた。自分が現役の妖精だった頃、戦術が確立していなくて今よりずっと損耗率が激しかった。何人の仲間を亡くしてきたのだろう。自分が中隊長だった頃、もっと上手くやれていれば死なずに済んだかもしれないあの子たちはきっと私を恨んでるだろう。だから自分は、20歳で除隊になった時、引退せずに特別高級士官養成プログラムを受けて今は日本に二つしかない妖精隊の一つ、第1妖精隊の司令になった。もう仲間を失わないために。本当はもっと前線に出て後輩たちを守りたいが、妖精は成人になると急速に能力を失ってしまい、もう26歳になった今では大空に舞うことはできない。そう思慮に耽っていると不意に声をかけられた。


「司令、コーヒーをお持ちしました」


通信オペレータの海江田まなだった。


「ありがとう、まなちゃん。助かるわぁ。うちは副長がいつも地上だから空はまなちゃんがたよりよ」


副長とは、第1妖精隊のNo.2、真鍋暁人3等陸佐のことである。戦闘中は観測機兼司令用航空機に司令が搭乗して指揮をとっているため、地上の指揮を副長が取ることになっている。常識的には司令が航空機から指揮を取る事は通常ないのだが、袴田陽子は絶対に空中で指揮を取ると言って譲らないためこうなっている。地上施設だけでは妖精や妖魔が出す微弱な異空間波を捉えることができないことが多いため、航空機から観測しているが、その観測航空機を改造して司令が搭乗している。妖精部隊は基本的に航空自衛隊所属だが、地上部隊を率いる副長は陸上自衛隊の士官が就任することになっているのだった。「地上」部隊といっても支援ヘリコプター部隊なども含まれ、陸上自衛隊の部隊を借りてきているような状態だ。


「ほんと、祥子ちゃんは立派になりましたねぇ」海江田まなが話題を振ると、


「まったく、あの馬鹿祥子にはいーつも手を焼かされてきたから、ちょっとは立派になってくれないと困るのよ。ま、中隊長になったんだから少しは自覚も出たと思うけど」


海江田まながくっくっと笑う。


「さ、そろそろ祥子たちが地上についたはずね。当機は基地に帰りましょ。真鍋さんに連絡よろしく」


「はい、了解しました」


役割を終えた司令機は後の指揮を副長に任せ、基地へと帰っていった。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



一方、墜落した妖魔の確認と回収を行う地上部隊の隊員たちは、万が一のとき——妖魔がまだ生きていた時——の護衛任務のため空からこっちに向かってくる妖精部隊を見上げていた。

新入りの隊員が、


「中隊って聞いてたんですけど、ニ十人ちょっとしかいませんが」


というと上官が


「馬鹿言え、1人1人が戦闘機みたいなもんだからあれで中隊なんだよ。1人10人分だ。小娘みたいに見えるけど、一番下っ端でも俺たちよりずっと階級が高いんだから態度には気をつけろよ」


驚いて目を白黒させる新入りを睨みつけながら、上官はつぶやいた。


「あんな子たちに闘わして俺たち大人は何やってんだ」

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