最終話「玄宗学園高校の楊貴妃」ー3

「おーい! 如月―! 進路希望調査提出してないのオマエだけだぞー!」


 いつものように、3年3組の教室で、楊華と貴衣と一緒に昼食をとっていた妃美子は、オペラ歌手にも引けを取らないのではないかと思われるほどの担任の美ヶ原うつくしがはら先生のイケボが突然教室内に鳴り響いたので、びっくりして、思わず、かぶの漬物を喉に詰まらせそうになった。お口の中に残っているかぶを、ほうじ茶で流し込んでから、妃美子は、席を起って美ヶ原先生の元へと向かった。


「すみません、先生……私、まだ悩んでて……両親とも相談したいので、明日まで待ってもらってもいいですか?」


 妃美子は、小さな顔の前に両手のひらを合わせて、チワワのように瞳をうるうるさせて懇願した。


「しょうがないなあ……明日の昼休みまでには提出しろよ!」


 美ヶ原先生もイケボで対抗してきた。


「わぁい! 先生、大好きっ!」


 萌え声を放って飛び跳ねると、クラスの男子の鋭い視線が一斉に美ヶ原先生に向けられ、“楊貴妃のお戯れ” が無くなった今となっても“楊貴妃トリオ” を嫌っている一部の女子生徒の殺気が妃美子に向けられた。


 席に戻ると、昼食を済ませた楊華と貴衣が、妃美子が持参した、かぶの漬物が入ったタッパーを突いていた。


「今日の味、どう?」


 妃美子が2人に問い掛けると、


「うん。いつもと少し味が違う気がするけど美味しいよ」

 と、返事が返ってきた。


「本当? 良かったー。実は、今日の漬物は母ぢゃんじゃなくて私が漬けたんだー」


「えー? まじで? 妃美子、料理嫌いだって言ってたのに、どうしたの?」


 貴衣が、大きな目をパチクリさせながら尋ねてきた。


「うん……まあ、いずれね……結婚とかさ……する時のために……できた方がいいんじゃないかなあって……」


 妃美子は、頬を赤らめながら言った。


「えっ? もしかして、強羅くんと進展あったのー?」


 楊華が身を乗り出して来た。


「違う、違う……進展どころか……部活引退してから、帰りも、ほとんど一緒に帰ってなくて……強羅の進路先聞きたいんだけど、チャンスがなくて……それで、進路希望調査提出が出せないんだぁ……」


 妃美子は、深いため息を吐いた。

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