最終話「玄宗学園高校の楊貴妃」ー1
妃美子が玄宗学園高校に入学してから、3度目の春がやってきた。
敷地内には、今日から始まる高校生活への期待と不安を
(私も、もう、3年生かあ……)
桜の木の下で物思いに耽っていると、ふわり、ふわり、と、
新校舎の3階にある3年3組の教室に入ると、楊華と貴衣が、妃美子に向かって手招きをした。
「ねえ、柔道部は、部活動紹介何やるの?」
楊華が妃美子に尋ねた。“
「柔道部は、普通に練習内容とか話して、“乱取り” やって見せるだけだよ。あと、部員たちからの要望があって、マネージャー紹介もするから何かひと言考えておいてって言われてるよ。私、そういうの苦手だから気が重―い」
妃美子は、ひまわりの種を頬袋に詰め込んだハムスターのように、ぷうっと頬を膨らませた。
「強羅くんって、柔道部の部長さんなんでしょう? 翼くんが、強羅くん、すごく強い選手で有名だって言ってたよ」
貴衣が言った。
「えーっ? 翼くんが柔道部のこと知ってるなんて意外なんだけど!」
「うちの、神無月が、ああ見えてすごく柔道強いんだよね。若い頃すごい選手だったみたいで、今も毎日鍛練しているみたいなの……それで……私が、危ない目に遭った時も……やっつけてくれたし……その時の神無月の姿を見た翼くんが『神無月さん、すげーカッコいい! 僕も、貴衣ちゃんを守れるくらい強くなんないと』って言って、たまに、神無月に稽古つけてもらってるんだ……」
忘れ去りたい嫌な出来事を思い出した貴衣の表情は一瞬曇ったが、翼くんの話になった途端に大きな瞳を星のようにキラキラと輝かせた。そんな貴衣を見て、妃美子は心底羨ましいと思い、このまま強羅と友達関係のままで良いのだろうか? という焦りがせり上がってきた。
(いげねえ!
パンっと両手の平で頬っぺたを叩く妃美子を見て、
「もうっ! 妃美子! さっきから、頬を膨らませたり、叩いたり、何ひとりで顔芸やってんのよー!」
と言いながら、楊華と貴衣が楽しそうに笑った。こんな時間がずっと続けばいいな、と、妃美子は思った。
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