第13話「楊貴妃のアフタヌーンティー」ー6

「そうだっ!」


 涙を手の甲で拭いながら妃美子が言った。


「私ね! 強羅ごうらのこと、好きになっちゃったみたい」


 頬を桜色に染めながら、妃美子は照れ臭そうに打ち上げた。


 一瞬、場が凍りついた。


 今度は、楊華と貴衣がきょとんとした。


「えっ? ゴリラ⁈」


 真顔で楊華が言った。


「ううん……“ゴリラ“ じゃなくて、”強羅ごうら“ねっ」


 妃美子は、笑いを堪えながら言った。


「昨日、妃美子を助けてくれた、5組の柔道部のお方?」


「そうっ!」


「告白はするの?」


 楊華が尋ねた。


「しないでおこうと思うの。強羅は、柔道一筋で、恋愛なんかする余裕ないと思うの……それに、強羅と私は幼馴染だから、彼は、私のこと異性としては見ていないみたい……」


―― そうですよ! お父さん! 俺にどって、如月は、同郷の仲間であり幼馴染です。異性どして見でいねえので安心してぐださい!


 昨日、強羅が父に言った言葉が妃美子の頭の中をぐるぐると駆け巡った。「楊貴妃のお戯れ」で、数え切れないほどの男たちを弄び、彼らの心を深く傷付けてきた。外見の可愛さという武器を使って落とせない男はいないと天狗になっていた。なのに……生まれて初めて本気で好きになった男は、妃美子のことを“異性”として、まったく意識していない。


「どうして? 始めて、妃美子が好きになった人なのに、恋人同士になれなくてもいいの?」


 貴衣が言った。貴衣が、6組の黒崎 翼くろさき つばさくんと、親公認の仲になるまでには、いくつもの試練を乗り越えなくてはならなかった。それでも、2人は愛の力で数々の試練を乗り越えてきた。そんな貴衣だからこそ、「告白をしない」という選択をしようとしている妃美子に後悔させたくないのだろう。


「諦めたわけじゃないの。私は強羅のことが好き! 告白はいつかその時がやってきたらする! 今は、柔道一筋で頑張っている強羅の力になることだけを考えたいの……」


 妃美子は、大きく新呼吸をして、大きな声で宣言した。


「私、柔道部のマネージャーになる!」

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