第13話「楊貴妃のアフタヌーンティー」ー4

「……なの?」


 妃美子のカミングアウトに最初に反応したのは楊華だった。楊華にしては、珍しく、くぐもった声だった。


「えっ?」


 思わず、妃美子は聞き返した。


「妃美子のおうちで作っている“かぶ”は、オーガニックなの?」


 想定外の楊華の質問に、妃美子はきょとんとした。


「う……うん……うちは、有機栽培に拘っているから、そうだけど……」


「うん! じゃあ、問題なしっ!」


 楊華は、いつもどおりの凛とした透明な声で答えた。


「えっ? どの辺が問題ないの?」


 妃美子は理解に苦しんだ。


「うちの華奈、“ピュアサラ“ でモデルやってるじゃない? アイツ、『私、生まれつき、食べても食べても太らない体質なんですぅ』とか、よく言ってるけどさー、あれ、大嘘だから! よくモデル仲間と焼肉食べてる写真とかインスタにアップしてるけど、あれ、こっそり吐いてるし。家じゃ、野菜以外絶対食べないからっ! 然も、有機栽培の野菜じゃないと食べないのっ! だから、妃美子の家で収穫された有機栽培のかぶを華奈に食べさせたいなあと思って尋いたの」


「へっ? それでいいの? 私、嘘吐いてたんだよ? かぶ農家の娘だよ? 2人の友達として釣り合い取れないよ?」


「私は、私の意志で妃美子を選んだのっ! 妃美子のお父さんが株式投資やってようが、かぶ農家やってようが、そんなことは関係ないっちゅーのっ! そんなことで、私が妃美子から離れて行くとか思ってたんじゃないでしょうね?」


 楊華は、腕組みをして、切れ長の美しい瞳で妃美子をギロリと睨みつけた。妃美子は、その迫力に圧倒されそうになった。昨日、茂無が、楊華に気圧されうずくまったのも致し方ないことだと思った。楊華は、いつも堂々としていて、自分の芯を決して曲げない。その気高い薔薇の花のような美しさと強さに、皆、畏れ、憧れるのだ……自分も、こうありたい、と。


「ご……ごめん……本当のこと打ち明けたら嫌われるかもって思ってた」


 正直な気持ちを打ち明けると、楊華は、妃美子の隣に座り、妃美子の髪を優しく撫でながら、


「私の方こそゴメンね……自分のことばっかりペラペラ喋って、妃美子を苦しめてたことに気付いてあげられなかった……本当、ゴメンっ!」

 と言った。


 楊華に、わしゃわしゃと猫可愛がられながら、妃美子は、向かいのソファに腰掛けている貴衣の様子をチラリと窺った。貴衣は俯いてスマホの操作をしており、表情から貴衣の感情を読み解くことはできなかった。程なくして、神無月さんと、真っ白なコックコートを身に纏った円城寺家のお抱えシェフと思われる精悍な顔つきの男性が貴衣の元にやって来て、何やら、小声で話をしていた。話が終わったのか、貴衣は2人に「ありがとう。下がっていいわよ」と言うと、満面の笑みを浮かべながら、


「やったわ! 商談成立よ!」

 と、妃美子に向かって言葉を放った。もう、何が何だか妃美子には理解することができなかった。


(母ぢゃん、わだしには、金持ぢの考えでるごどがわからねえみだいだ)


 思わず、妃美子は、心の中で母に助けを求めた。

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