第9話「妃美子の決心」

 それから1週間、妃美子は学校を休んだ。


 塞ぎ込んでしまった妃美子を、無理に学校に行かせることを両親は決してしなかった。


 日々テレビのニュースで報道されているイジメ問題や、教師による体罰の問題……

万が一、娘が、そういったことに巻き込まれてしまっているのだとしたら? 想像するだけで両親の心はズキズキと痛んだ。


 ある日の夜、妃美子は、たまたま、居間での両親の会話を耳にしてしまった。


「あの子は、この農園のごどを大切に思ってぐれでいると思ってだげど、本当は恥ずかしがったんだな……」


(違うよ!  父ぢゃん!)


 ワンカップ大関をちびちびと飲みながら、寂しそうに話す父の背中に向かって、妃美子は心の中で叫んだ。


「まあ、年頃の娘だし、あの子は器量もいいから、かぶ農家なんて継がなぐでも玉の輿に乗れるかもしれないものねえ」


 母は、美魔女オーラを放ちながら優しく微笑んだ。


「オマエさんは、俺ど結婚したごど後悔してるのが? 玉の輿に乗った方が良がったが?」


 母の美魔女オーラにやられたのか、ワンカップ大関にやられたのかは判らないが、父は頬をポッと赤らめて言った。


「バカ言わねえでよ! 金持ぢになるごどだけが幸せじゃねえべ? たどえ、アラブの石油王に言い寄られたどしても私はアンタを選んだわよ! 何度生まれ変わったってアンタを選ぶわよ!」


 母の愛の言葉を聞いた父は、顔をクシャクシャにして笑った。


「うん、そっか……よがった! オマエさんくらいベッピンだったら、俺なんか選ばずに、玉の輿に乗っでセレブになれだがもしれながったのにど思ってさ……この農園、王太郎おうたろうに継いでもらうが?」


 王太郎というのは、妃美子の6つ年上の兄である。玄宗学園高校を卒業した後、東京の大学へ進学し、今は都内の証券会社で働いている。


「あの子は、田舎がイヤで『オラ、こーた村やだーっ!』って言って、東京へ行ったんですよ。彼女もいるみたいだし、農園を継ぐ気はねえど思うよ。私、子どもだぢには好ぎな道を歩ませであげたいの……“如月農園” は、私だぢの代で終わりにすっぺ!」


「そうだな……じゃ……3人目づぐるか?」


「バカ言ってんじゃねえわよ! この助へいが! 子どもは、もうだぐさんよ!」


 母にマジギレされた父は、まるで大きな子どもみたいに、シュンとした。


 妃美子は、笑いを堪えるが大変だった。

 そして、不思議と心の靄が晴れていくのを感じた。


「父ぢゃん、母ぢゃん、心配がげでごめんね。かぶ農園のごど、恥ずかしいなんて思っちゃってごめんね。私、もう、ちぐもづがねえし、逃げだりもしねえがら!」


 翌朝、制服を着て食卓に姿を現した妃美子を見た両親は満面の笑みを浮かべた。


「母ぢゃん! 今日は “かぶの漬物” ねえの?」


「あるわよ! たぐさん食べで!」


「おいしい!」


 思わず、妃美子の口から言葉が溢れた。


 食卓に笑顔の花が咲いた。

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