第5話「もふネコ戦士エカチェリーナ」

♪ ピョートル ピョートル ルルルルル〜

戦士たるもの

男はべらせ ナンボのもん ニャ ♪


 校庭から聴こえてくる妙な曲で現実の世界に引き戻された妃美子が状況を把握するのに数分の時間を要した。


 妃美子の他には誰も居ない教室……

 机の上には、ヨダレの水溜りができていた。


「ああ……また居眠りしちゃったんだ……」


 5限目の現国の授業で、中原 中也なかはら ちゅうやの『汚れつちまつた悲しみに……』を現国の美ヶ原うつくしがはら先生がイケボで朗読するので、連日不眠症気味の妃美子は、うつらうつらと夢の中へと誘われてしまったのだ。


「それにしたって! 陽華も貴衣も起こしてくれたっていいじゃん! 薄情なんだからっ!」


 妃美子は、ヒマワリの種を目一杯頬張ったハムスターのように頬を膨らませた。


 鮮やかなピンク色のリュックから徐にスマホを取り出すと、“チーム楊貴妃” のグループLINEのトーク画面に陽華と貴衣からメッセージが届いていた。


――ごめーん! 今日、愛しのカイザー様とご一緒に「もふネコ」のオーディションやるから即去りするね〜(^_−)−☆〜―


――ごめんね。今日、翼くんとデートなの! お先に失礼するわね☆――


「はあぁー、男ができた途端これだよー。女の友情なんて所詮こんなもんだよねー」

 

 妃美子は、深いため息を吐きながら窓際へ移動し校庭を見下ろした。


 そこには、ザッと200人前後の女生徒たちが、戴冠式に授与されるような王冠にパステルブルーの猫耳がついたカチューシャを被り、ピンク色のリボンが施されたもっふもふの尻尾を着けて歌ったり踊ったりしていた。


 コスプレ女生徒たちの熱視線は、前方に鎮座する玄宗学園高校の“カイザーkaiser” こと平野 皇一と、女生徒たちが身に纏っているコスプレ衣装より本格的な衣装を身に纏っている楊華に注がれていた。


♪ ピョートル ピョートル ルルルルル〜

戦士たるもの

男はべらせ ナンボのもん ニャ ♪


 妃美子を現実の世界へと引き戻した妙なアニソンが校庭に響き渡る。


「佐藤准尉! “ナンボのもん ニャ” のところでは、恥じらいをなくししなを作れと言った筈だ! もふネコ戦士 エカチェリーナは生粋のロシアネコではないが、彼女の心は他のどのネコよりも、ロシアネコだということをゆめゆめ忘れるなと再三言った筈だ!」


 楊華の凛とした声が鈴の音のように鳴り響いた。


 楊華は、“佐藤准尉” とやらにそう言った後、王冠に黒の猫耳をつけた平野 皇一の方へ向かい、何か指示のような言葉を受け取ると、再び言葉を発した。


「佐藤准尉! 山田曹長とチェンジだ!」


 涙を流す佐藤准尉と、歓喜に満ちた表情を浮かべる山田曹長。


「はい! 終了! 皆さま今日は、来月行われる “もふネコ選手権 選抜オーディション“ に集まってくれてありがとう! スタメンは今、最前列に残った9名に私を加えた計10名とします それでは、皇帝Kaiserから、皆さんに有難いお言葉があります!」


 平野皇一は、どこから調達したのか知らないが、皇帝が腰掛けるような立派な装飾の椅子からゆっくりと腰を上げると、ボソボソとした聴き取りにくい声で言葉を発した。


「えー、今日は、皆、お疲れ様であった。今日のオーディションでスタメンに選ばれなかった者も、今後の頑張り次第では昇格もあり得るので日々“もふネコ魂“ を忘れないように! 逆に、今日選ばれた者も、うかうかしていると下克上もあるという緊張感を持って、来月の選手権に挑むように! 以上! じゃあ、最後に、センターに “高宮大将“ 入って通しでやってみて!」


「Yes,Sir!」


 楊華は、平野に敬礼をすると、もふネコギャルたちのセンターに入り、ノリノリで踊っていた。


「はあぁ……貴衣はともかく、あの子はどこに向かっているんだか……」


 妃美子は、先ほど吐いたため息よりもさらに深いため息を吐き学校を後にした。


 “秋の日は釣瓶落とし“ で、先ほどまで完熟オレンジのような色をしていた西の空は早くも夜の闇に包まれようとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る