第4話「高宮 楊華」ー4

 ―― 刹那。


 楊華の白魚のように美しい右手が、平野モブの右頬を目一杯打ちつけ、その衝撃で、平野モブのビン底メガネが、高く、高く、宙を舞い、アスファルトの上に激しく叩きつけられ、パリンッと、音を立てて、粉々に砕け散った。


 そして、先ほどまで、楊華の目の前にいた筈の平野モブは消え失せ、息を呑むほどに美しい美少年が燦然と輝きながら、ゴミを見るような、汚物から目を背けるような、虫ケラを踏み躙るような、憐れみ、蔑むような、冷酷な氷のような瞳で楊華のことを見下ろしていた。


「僕は、気分を害したので、帰らせてもらいますっ!」


 突如出現した美少年は、無惨に砕け散ったビン底メガネの破片を優雅な所作で拾い上げ、その場を立ち去ろうとしていた。


 楊華は、地べたに膝をつきながら、


「お……お待ちくださいませっ! 貴方様のお名前をお聞かせ願えませんでしょうか?」

 と、そのお方に縋るようにして懇願した。


「はっ? アンタ、暑さで頭やられちゃった? 僕は、平野 皇一ですよ。さっきまで、アンタと無益な争いをしていたでしょう?  メガネはかち割られるし、帰りは遅くなるし、本当、散々な目に遭いましたよ! 金輪際、僕に関わらないでくださいっ!」


 楊華は、今度こそ立ち去ろうとする平野の白いシャツの裾を掴み、


「愚かな私めの数々の無礼を、どうか……どうか……お許しくださいませ! 平野kaiser様! どうか……私めと……お付き合い……いえ……お側に置いてくださいまし!  皇帝kaiser!」


 涙混じりに、必死に哀願する楊華を見下ろして、平野は、


「えっ? ヤダよ、めんどくせえ!」

 と、楊華を突き放すように言い放った。


「そこをなんとか……なんとか……お願いいたしますぅ!」


 楊華が、皇帝Kaiserに仕える側近のように跪くと、平野は、楊華の瞳を見ながら、イケメンだけに許される最終奥義 “顎クイ” をかまし悪魔のように囁いた。


「しつこいゴミだなあ……そこまで言うなら、付き合ってやってもいいけど、条件がある」


「はい! なんなりと! マイ・カイザー!」


「今日から、オマエは俺の奴隷だ! それと、『もふネコ戦士 エカチェリーナ』を侮辱したことを悔い改め『もふネコ戦士 エカチェリーナ』の公式ファンクラブに入会し、もふネコ信者として崇め奉ることを誓えるか?」


「はいっ! 我が命にかえましてもっ!」


 “玄宗学園高校の楊貴妃トリオ“ は、この時を持って、事実上、消滅した。


 そして、その日を境に、玄宗学園高校は『もふネコ戦士 エカチェリーナ』のコスプレをした女子生徒たちで溢れかえり、平野 皇一は、“皇帝Kaiser“ として、スクールカーストの頂に君臨した。

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