第4話「高宮 楊華」ー2

 午前中の授業の終了を告げる鐘が鳴り終わるか終わらないかのうちに、楊華は、早速、平野 皇一の元へと向かった。


「今回のターゲットは平川かよ?」

 と、とうの昔に敗退しているクラスの男子生徒たちが騒めき始めた。


「今度のターゲットは平井みたいだね」

 ”楊貴妃”に反感を持っている女子生徒たちも騒ぎ出した。


 しかし、そんな声など、楊華は微塵も気にしていないようだった。


「ねえ、平野くぅーん、放課後ちょっと大切なお話があるんだけどぉ、いいかなぁ?」


 楊華の凛とした声に対し、平野モブは、眉ひとつ動かすことなく、アニメ本に夢中になっている。滅多なことでは動じない強気の楊華が動揺しているのが伝わってきた。楊華は、オーロラ・ピンク色のグロスで艶めいた形の良い唇を平野モブの耳元に近付けて、


「ねえ、平野くぅーん、聞いてるぅ?」

 と、とろけるような色っぽい声で囁いた。楊華の色仕掛けで、固唾を飲んで様子を見守っていた何人かの男子生徒が卒倒したが、肝心な平野は、耳元で不快な羽音を発する蚊を追い払うかのように怒りを滲ませて、


「ちょっと、今、ちょうど面白いところなんで、少し待ってもらえますか!」

 と声を荒げた。


 クラス中の愚民の視線が一斉に、楊華と平野に注がれた。今まで一度も経験したことのないような雑な対応を受けた楊華の体は屈辱感でわなわなと震えていた。


「待て!」と言われた楊華は引き退るわけにもいかず、愚民の嘲笑が渦巻く中、平野の傍で約10分間待たされた。


 平野は、わけのわからないアニメ本をパタムと閉じると、天を仰ぎながら、


「はあああ! 尊いっ!」

 と言った。そして、昼食用のジャムパンをカバンの中から取り出し齧りながら、


「あっ、スミマセンっ! お待たせしました……用件を手短にどうぞ」

 と、まるで、上司が部下に対応するような軽薄さでもって楊華に接した。


「私……こんな、屈辱を受けたの生まれて初めてよっ!  私に大恥をかかせたこと、絶対に後悔させてやるんだからっ!」

 なんとか、放課後、平野と約束を取り付けて席に戻って来た楊華の顔は怒りで歪んでいた。妃美子と貴衣はその怒りに圧倒され何も言葉をかけられなかった。

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