第3話「円城寺 貴衣」ー4
貴衣が、黒崎につき纏うようになってから2週間ほどの時が過ぎた。さすがの黒崎も、貴衣の存在を無視できなくなったようで、貴衣が来る前に、屋上へと非難するようになった。貴衣は、こんな陰キャな変態男になぜ自分がこんなにも固執しているのか分からないでいるようだった。もう、これでは、完全に、貴衣が、黒崎のストーカーである。ひょろひょろした長く細い足をもつれさせながら屋上目指して階段を駆け上がる黒崎の後を、鬼の形相で貴衣が追いかけた。
屋上に到着した、黒崎は、息を切らしながら、
「オマエ、一体何で、俺につき纏うんだっ!」
と、怒気をこめた声で言った。変わり者として、あらゆる人たちから避けられていた黒崎は、未だかつて、つき纏われるという経験をしたことがなく、ひどく、怯えているようだった。
「謝ってよっ! この前、私に言ったこと、謝ってよっ!」
貴衣も、負けじと、怒気をこめた声で言い返した。
「何? 『悪役令嬢、自信過剰、親の権力なければただのゴミ……』のこと? もしかして、図星だった?」
黒崎は、意地悪そうに嗤った。
「そうよっ! アンタの言う通りよっ! 私には、何の才能もないのよっ! アンタなんて、私のこと、何も知らないくせにっ!」
取り乱した貴衣が、黒崎に回し蹴りをすると、ひょろひょろした黒崎はよろけて、持っていたスクールバックの中から『週刊少年カオス』とネームが描かれた用紙が飛び出した。
「えっ? ちょっと……これって」
貴衣の眼前にひらひらと舞ってきた一枚のネームを見て、貴衣は驚きのあまり固まった。それは、まだ、本誌に掲載されていない、烏丸 杞憂の連載作『不滅のバイヤー』のネームに間違いなかったからだ。
「ど……どうして、アンタが、烏丸 杞憂先生のネームを持ってるのよ?」
「俺が、俺の描いたネーム持ってんのは当たり前だろーが、ボケっ!」
「えっ? えっ? 噓でしょ? アンタが……いえ、貴方様が、烏丸 杞憂先生なの?」
「そーだよっ! オマエ、このこと、他の奴らにバラしたらコロスからなっ!」
「わ、わかりました。このことは、決して他言しませんっ! 誓います! その代わり、私の条件も飲んでください」
「はあっ?」
黒崎は、かったるそうに言った。
「私を、貴方様の弟子にしてくださいっ!」
「はあっ? 弟子? 何言ってんの、オマエ? あたまおかしいんじゃねえか?」
「そうよ。私は、あたまがおかしいの。皆が嫉妬するような恵まれた親のもとに生まれてきて、頭脳も容姿もトップレベル。お金なんて、お金配りするくらいある裕福な家庭で育ってきて、私が願って手に入らないものなんてなかった筈だった……そんな私がいくら足掻いても手に入らないもの……それは漫画を描く才能……貴方様から見れば、私の作品はゴミかもしれない。それでも、私は、漫画を描くことを諦めることができない……どうか、どうか、お願いします」
そう言いながら、貴衣は、黒崎に縋りついた。
「あー、もー、わかったよっ! ただ、俺も暇じゃない。学校通いながら連載書き続けるのは想像以上にキツイことなんだよっ! 俺に読んでほしい作品があったら持って来いっ! アドバイスくらいはしてやるっ!」
「ああっ! ありがとうございますっ! それで充分です、師匠! ありがとうございますっ!」
こうして、師匠と弟子というおかしな関係から始まった貴衣と黒崎だが、漫画が大好きなふたりは、漫画談義などをしているうちに、自然と距離を縮め、いつしか恋人同士となった。後に、その真実を、貴衣から聞かされた時、妃美子の中に、もやもやとした黒い感情が芽生え始めていた。
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