第3話「円城寺 貴衣」ー2

 黒崎 翼と貴衣との舞台は、初っ端から波乱含みだった。黒崎は、いつも何かぶつぶつとひとりごとを言ったり、無心でノートに何かを書き込んだり、担任教師やクラスメイト、机や窓の外などを、簾みたいな長い前髪の隙間から少しだけ見える目からレーザービームを放射してスキャンでもしてるんじゃないかと疑いたくなるほど真剣に見入っていた。クラスメイトも、黒崎のヤバさを肌身で感じていて、コイツをいじめたら逆にやられると思って、腫れ物に触れるように扱っていた。


――「ねえ、〇〇くん、大事なお話があるんだけど、今日の昼休み、屋上に来てくれる?」


――「はい、喜んで!」


――「私……貴方のことが……好き……」


 演者によって多少台詞は変わるけれども「楊貴妃のお戯れ」の筋書きは至ってシンプルだった。


「ねえ、黒崎くん!」


 昼休み、1年6組の教室に降臨した貴衣を見て、教室内は大騒ぎだった。


「おいおい! 次のゲームのターゲット、黒崎だぜっ!」


 以前、貴衣に敗北した1年6組の上位カーストに鎮座している、まあ、そこそこ見た目イケてる男が言った。貴衣は、その男の名前すら憶えていない。黒崎とは真逆の陽キャのその男の周りには、その男と同類っぽいチャラ男と、その男に好意を寄せているらしいケバい化粧をした女たちが群がって来て、貴衣と黒崎の様子をスマホで動画を撮りながら実況中継している。


 まるで、最先端の防音装置が施された部屋の中にいるかのような黒崎には、周りの騒音が聴こえていないらしく、ものすごい勢いで、ノートに何かを書き綴っている。もちろん、貴衣の存在にも気付いていない。


「ねえ! 黒崎くんっ! 大事な話があるんだけどっ!」


 蔑ろにされた貴衣の金切り声が教室内に響き渡り、ギャラリーは爆笑していた。漸く、貴衣の存在に気付いたらしい黒崎は、貴衣を頭の天辺から足の爪先まで例のレーザービームで読み取っているが、その目には感情が一切伴っていない。そして、


「悪役令嬢、自信過剰、親の権力なければただのゴミ……」


 と言い放ったのだ。黒崎の言葉にショックを受けた貴衣は、泣きながら1年6組の教室を立ち去った。


 涙が出るほど悔しかったのは、黒崎が放った言葉が、すべて当たっていたからだ。


 貴衣の父親は大学病院の院長だ。貴衣の兄ふたりは、当然のように医者になり、貴衣も医者になることを求められているが、実は、貴衣は、密かに、漫画家になりたいという夢を抱いている。家族に隠れて漫画を描いて新人賞に応募しているが、箸にも棒にもかからない。特に、貴衣が尊敬している漫画家は、貴衣と同じ高校1年生で、貴衣が毎週欠かさず読んでいる『週刊少年カオス』の漫画新人大賞を受賞した、烏丸からすま 杞憂きゆうだ。貴衣は自分でよく理解している。自分には、漫画を描く才能がないことを。そして、烏丸 杞憂が天才だということを。頭脳明晰・容姿端麗な貴衣なら、医者になることも、芸能界に入ることも難しいことではないだろう。傍から見たら、なんて、贅沢な悩みなんだと嫉妬されるだろう。それでも、貴衣は、漫画家になるという夢を捨て去ることができない。そして、このことは、楊華や妃美子にも当時は打ち明けられていなかった。

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