第3話「円城寺 貴衣」ー1

「楊貴妃のお戯れ」のルールは至ってシンプル。


 ジャンケンで負けた者がその日の主演女優で、ジャンケンに勝った2人が相手役の俳優を選ぶ。演目はいつも同じ。主演女優が相手役の男に偽りの愛の告白をして、男が落ちたところで終幕。


 この茶番を観るために、昼休みの学校の屋上には、毎日、熱狂的な観客オーディエンスがわらわらと湧いてきた。観客の中には、「楊貴妃のお戯れ」の被害者も多数入り混じっていて、彼らは、“楊貴妃”の無敗記録を打ち破る英雄が現れることを切に願っているようだった。彼らの中には、楊貴妃と主演男優ターゲットのどちらが勝つか賭けをするような下衆な愚民たちもいて、「楊貴妃のお戯れ」は、いつも満員御礼だった。


「ジャンケンポー―ん!」


「グー」が1人に、「パー」が2人。この日の主演女優は貴衣に決まった。この日「グー」を出したことが、貴衣の人生を大きく変えることになるとは、本人は勿論のこと、楊華と妃美子も微塵も思っていなかった。


 貴衣の相手役には、1年6組の黒崎くろさきつばさが選ばれた。ひょろひょろで百八十センチはあるであろう長身を目立たないようにするために下ばかり向いていたせいか、かなりの猫背であり、髪はボサボサで、伸び切った前髪が目を隠してしまっており顔の造形がわからず、いつも青白い顔をしている。


「今回のターゲット、ちょっとチョロ過ぎないかしら?」

 貴衣が形の良い唇を尖らせながら言った。


「あー、でも、逆に難易度高いかもよ?」

「どういうこと?」

「本来ならさ、この手の陰キャのヤツらって、とっくに、消えてるはずなのよ」


 楊華は『楊貴妃のお戯れ戦績表』をスマホ画面で確認しながら言った。戦績表には、数えきれないほどの男子生徒の顔写真と名前、クラス、簡単な情報が記載されており、チェック欄には赤いバツ印がついていて、殆どの男子生徒ターゲットが、無惨に敗れ去ったことを物語っていた。


「それが、未だに残ってるってことは、それなりの理由があるってことなのよ。貴衣、黒崎 翼は、危険因子よ! あまり、舐めてかからない方がいいわ! ヤバいと思ったら、即、引いて!」


 楊華の言葉を聞いた貴衣の心に真っ赤な炎がともった。


「面白いじゃない! 世の中に、私に夢中にならない男なんているはずないもの!」

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