第二幕 青春のブランデー
高校一年生の頃、俺はバイトを始めた。バイト先は純喫茶、喜族館だ。
喜族館は昭和から続く店らしくら今年で創業62年ほどだそうだ。重厚でレトロな世界観を醸し出す落ち着いた色合いの店内は至る所にアンティークが置いてあり、この店に来る客の目にインパクトを与えてくれる。
バイト募集の貼紙が貼ってあったので、店主に頼んだのだ。
「ここでバイトさせてください」と。
飲食店でバイトすることは憧れていたし、ここの賄い飯にも興味があった。
前々から近所では珍しい純喫茶店ということで興味があったからあの貼紙は俺にとって渡りに船だった。
俺は週2で働かせてもらえることになった。店内の掃除、皿洗い、賑わっている時はウエーターとして、お客様の注文を受けることが基本的な仕事だ。
店主は40代くらいの少しぽっちゃりした気前のいい人だった。バイトの俺にも親切でバイト中に皿を割っても笑い飛ばしてくれる懐の大きいところはその頃の俺も見習いたいと思っていた。
店主の人格は接客にも馴染み出ていて、常連客との何気ない会話を楽しそうに話している店主の気さくさに店内はいつもほんわかしていた。そのおかげなのかカウンター席はいつも満席で店主と楽しそうに話す客が後を絶えなかった。
俺の他にバイト三人いて全員俺よりも年上だ。年齢順に矢島先輩、久保井先輩、宮坂先輩。年がバイトの中で一番上で矢島先輩はあと一年で大学を卒業して就職するらしい。バイトで唯一男同士ということもあって少し一年後が悲しくなる。一ヶ月ほど過ぎれば、バイト以外でもカラオケ行くくらいの仲にはなっていた。
久保井先輩と宮坂先輩は大学一年生だ。なんとなく雰囲気が良かったからという曖昧な理由で喜族館のバイトをし始めてかれこれ、二年間バイトしているそうだ。接客の仕方を丁寧に教えてくれた。
バイトを始めて二ヶ月が過ぎた頃、この店に一匹の子犬が入店した。クリクリした純朴な目にもじゃもじゃの茶っ毛が印象的な可愛いチワワだ。雨に打たれずぶ濡れだというのに、人慣れしているのか大人しく、ピンク舌を上下させてハァハァハァハと忙しない呼吸音を出していた。
その日は冷たく激しい雨の日だった。六月を過ぎても止むこと知らない雨が七月の初めを雨一色に変えていた時のこと、この店で一緒に働く久保井先輩がこの喫茶に来る途中が拾ってきたのだった。
そして、先輩は店主にこう言った。
「この子、迷子みたいなのでうちで保護しませんか?」と。
先輩の行動がきっかけで数十日間、この犬の世話をすることになった。犬の飼い主を探す貼紙を作り、先輩達と交代で犬を世話する日々が続いた。
スマホで犬の育て方と検索して飼育環境を整えたり、ドックフードに悩んだり、時にはブランデーが変なところでうんちを出して大騒ぎになったり、、、、、、等。色々あったけど、ブランデーの可愛さの前では全てが許され報われるような気がした。
その頃の俺は動物なんて飼ったことがなく増してや猫の方が好きだったため、最初は犬の世話なんて真っ平ごめんだったが、、、、、、。世話を続ける内にいかんせんどうもこの犬に愛着が湧いてしまい、すっかり犬派へと心が奪われてしまったのだ。先輩がこの犬につけた名である「ブランデー」と呼びかければすぐさまこっちに走ってくる、その好意を全面に表す姿に私の胸をキュンキュンしまったのだ。尻尾を振る様子や手の上の餌をムシャムシャ食べてくれるところもとても愛らしく思える。
犬に癒されるという言葉の意味出来事だった。犬っていいよな。
ブランデーの飼い主はこの店に来て三ヶ月ほど経った頃に現れた。飼い主である女性は一人暮らしのようで会社に行っている間に犬が逃げ出してしまい、このような事態を引き起こしてしまったそうだ。社会に忙しく仕事をする日々の合間を縫って逃げ出した犬を探すのは骨が折れたそうで、、、、、、近所の住人がブランデーの飼い主を探す貼紙を教えてくれたから、わかったそうだ。
ブランデーとの三ヶ月間の世話は不慣れで大変だったけど、楽しかったし、愛着も湧いてしまった。別れが寂しかったが、なんとかその気持ちを抑えて飼い主の元に返したのだった。ブランデーと名付けられたその犬、マカロン(飼い主が名付けられた犬の名前)は尻尾を元気に振って店を後にした。
あれから、あの犬の飼い主、一条さんは喜族館の常連客となった。一条さんは毎週日曜日によく犬と一緒に来てくれる。そして決まって注文する、ブレンドコーヒーと昔ながらのナポリタンを美味しそうに食べてくれる。彼女にとっての日曜日の楽しみになりつつあるのかなと思う。
ちなみにその頃の俺は日曜日に高確率で来てくれるブランデー改めマカロンの相手をしてあげることが慣習となっていた。犬っていいよな。(グッド!)
9番目のノクターンに捧ぐとある喫茶録 藤前 阿須 @336959642882
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