9番目のノクターンに捧ぐとある喫茶録

藤前 阿須

第一幕 終わりを知ったおとこ

 初めて喜族館という喫茶に入ったのは、幼稚園児の頃。確か6歳かそれ以下の年齢だった。母方のおじいちゃんに散歩のついでに立ち寄ったお店でメロンクリームソーダを注文してくれた。ガランとドアを開けると店内は人でいっぱいだった。かろうじて残っていた一番奥の席に案内され、おじいちゃんが若い店員に注文した。賑わいのある店内は黒く上品な感じがして、僕の好奇心から来る興奮を沸き立たせた。




おじいちゃんが僕の肩を叩いてカウンターで接客している初老の男性を指差した。

「あれがこの店の店主さんだよ」

そう短い文章を伝えてくれた。おじいちゃんいわく、今日で今の店主は孫に店を任せて引退するらしい。だから、この店で働く彼の最後を見届けに今日この喫茶を訪れたのだと。幼い僕はてっきりこの店が潰れるのかなと思っていたが、すぐにその誤解は解かれた。

その店主を指さして

「あの人、何才なの?」と聞くと

「70歳だよ。年齢よりも若い見た目だからわかりづらいけど70歳だよ。」

「おじいちゃんよりも若いの?」

「いや、おじいちゃんより年上なんだよ。何年もこの喫茶に通ってるけどあの人は年々老けるどころか若々しくなっているからねぇ。おじいちゃん、羨ましいよ。」

「へぇー。そうなんだ。」





注文したクリームメロンソーダとコーヒーが届く。

メロンソーダをチュウチュウと飲んでいるとおじいちゃんの飲んでいる黒い液体に興味が湧いた。

「コーヒーっ美味しいの?」と聞くとおじいちゃんは僕にコーヒーを少し飲ませてもらった。ミルクを混ぜるのに使っていた小さなスプーンでコーヒーを掬い、僕の口に流してくれたのだ。

その熱く黒い透明は僕の舌を苦味と熱でいじめてきたから、思わず「まっずぅ〜!」と言ってしまった。

おじいちゃんは苦笑して、

「これが大人の味なんだよ。」

と言ってくれた。

思えばこのよくわからなかった黒い透明こそがこの店に訪れた幼い僕の印象的な思い出だったのだと思う。

僕は早急にピリピリする舌を甘いメロンソーダで冷やしたのだった。





会計は店主自らやってくれた。おじいちゃんと初老の店主が軽い会話をしてお金の支払いを終えた。

「御来店ありがとうございました。」

「今までありがとうございます。」

簡素だが、心と心が温まり合う一言だった。おじいちゃんの長年の感謝を僕はボケッと見ていただけだったが、なんだか胸がポカポカした。今思い出しても不思議な感覚だ。僕達は帰路につき、夕日は沈もうとしていた。






これが僕とレトロ喫茶、喜族館との出会いの追憶。なんの変哲のない思い出話を聞いてくれてありがとう。

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