変わらぬ父

「お前が跡を継げ。差し当たっては儂の秘書を務め、政治のイロハを学ぶのだ」


 久しぶりに実家の門をくぐれば、労いの言葉も近況を尋ねる言葉も無いまま居間に通されて、親父から本題を切り出された。


(相変わらずだね……)


 昔と変わらぬ扱いの悪さにムカッとするよりも先に、何も変わっていないことにむしろ畏敬の念を覚えたくらいだ。


「跡取り様はどうしたんだ? 姿が見えないけど」

「あやつは離れで謹慎中だ」

「一体何をやらかしたんだ?」


 具体的なやらかしの内容を知ってはいるが、敢えて何も知らないフリをして問い質してみると、女性関係で粗相があったという濁した言い方をする。


 違うんだよ。は知っているんだ。それをアンタの口から聞きたいんだ。


「お前は察するということを知らんのか!」

「悪いが俺は超能力者じゃない。詳しく知らされていないせいで、重ねて相手に粗相をするという可能性に想いを寄せてもらえないかね。察するってのはそういうリスクもあるんだよ」


 正論を吐かれて都合が悪くなると怒鳴る親父の悪い癖だ。ガキの頃ならそれで黙らせることが出来たんだろうけど、こちらも外・の・世・界・で・色々と勉強してきた身だ。


 跡を継げと言うからにはそこまで話してもらわなければ困ると言えば、親父は力で押さえつけることは叶わないと悟ったのか、ぐぬぬと唸ってからようやく詳しい事情を話しだした。




「なんだ、そんなことか」

「そんなこととはなんだ! 我が家の一大事だぞ!」


 俺の5つ上の跡継ぎ様は親父の会社に籍だけ置いて、毎日遊び歩いていた。


 それを許す親も親だが、さすがにこのままでは体裁が悪いとなって、県内にある同業他社の知り合いの元へ修行に出した。で、そこで真面目に働いていたかと思いきや、同じ会社に勤めるそこの社長の姪っ子に手を出してしまったらしい。


 跡継ぎ様曰く合意の上だと言っていたらしいが、聞き取りを進めればすぐに酒に酔わせて事に至ったと判明し、控え目に言って準強制性交等罪ってやつ。要はレイプしたってことだ。


 友人からは事前に女性関係で示談交渉になっていることを教えられていた。なので内容が予想以上にエグくて呆れはしたが、やっぱりそうなったよねと思ったのが、冒頭のそんなことか発言に繋がっている。


「あのとき、ここでキチンと矯正しておかないとまたやらかすよって警告したよね? 親父は自分が何て言ったか忘れたのか?」

「それとこれとは違う!」


 何が違うと言うのか? 跡継ぎ様が女性をレイプして訴えられかけたのこれで2回目だ。前のときは相手が泣く泣く示談に応じたから表沙汰にはならなかっただけで、何も違いはない。


「親父あのときこう言ったんだぞ。『そんなことでガタガタ騒ぐな。金を積んで黙らせればいいし、話に応じなければ圧力をかければ済む話だ!』ってね。今回も同じことなんだからガタガタ騒ぐこともないんじゃない?」




 身内が犯罪者として逮捕されるかもしれないというのに俺がさして驚いていないのは、これが再犯だからである。1回目は15年前のこと、フラフラ遊び歩いていた跡継ぎ様が当時中学3年生だった女子生徒に目を付け、1人で下校する途中を狙い、近くの神社の裏手に連れ込んで無理やり事に至った。


 完全な犯罪行為であり、これはもう逮捕待ったなしでクズ野郎は身の破滅だと思っていた。だが身内から犯罪者を出せば議員生命に関わる親父は、多額の見舞金を渡すことで示談で収めてしまった。


 当初彼女のお母さんは絶対に許さないという姿勢であったが、相手は権力者の息子。そんなものだから親族やら近所の連中から、「これは若気の至り、前途多望な若者の芽を潰すな」「お前たちが楯突いて敵う相手ではない」と毎日のように押しかけられた上、地元の警察までもが加害者寄りで、明確な証拠が揃っているにもかかわらず示談が最善だと言うものだから、ついに心が折れたというのが事の真相。


 多額の賠償金と引き替えにこの件は他言無用と約束させ、彼女と母親はこの地を去って行ってしまったんだ。


 それがなりふり構わず金と権力を駆使して、親父が多方に圧力をかけた結果であることは明らかである。


 いや、俺でなくとも地元の大人なら誰しもが気付いていただろうが、余計なことを言って自身に火の粉が降りかかってきては敵わぬと皆強い者に靡き、彼女の味方をしたのは同級生だった俺たち子供たちばかり。何の力にもなれなかった。


 人知れず町を去ったと聞いたときに感じた、「ウソだろ……」というこれまでに経験したことの無かった虚脱感。そしてその後に湧き上がってくる殺意という言葉でも飽き足りないくらいの鬱屈した黒い感情。あれは今でも忘れない。


 なぜなら、その被害に遭った女の子は当時の俺の彼女だったからだ……




 地元生まれの彼女の母親は若くして都会へと巣立っていったのだが、その地で結婚したご主人と死別し、やむを得ず実家のある故郷に帰ってきたという経緯があった。


 どうしようもない事情であるのに、地元のババアどもには一度故郷を捨てた者がおめおめと出戻ってきたなどと陰湿な陰口を叩いて格下認定する者も多く、子供たち世代でも同様に彼女のことを小馬鹿にする奴も少なくなかったが、そんな排他的な考えが大嫌いだった俺は仲間たちと共に、子供たちだけでも分け隔て無く接しようとした。


 最初こそそれに異を唱える奴もいたが、名士の息子(笑)である俺がそう言うのなら逆らっては損だと判断したのか、いつしかみんな仲良くなり、特に俺とは話が良く合ったのでどちらからともなく付き合うようになっていた。もっとも、俺の事なんて眼中に無い両親だったからそのことを家で話すことはなかったんだが、それが仇となった。


 あのクズは彼女が俺と付き合っていることを知っていて、敢えて彼女を狙ったんだ……

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