変革の兆し

 フォローはするわけではないが、聡太郎はヤケクソになっているわけではなく、彼なりにこの街の将来を考えている。


 日本全体で人口が減る中、都会でもコンパクトシティなんて考え方があるくらいだから、ここも規模を縮小しつつ機能を集約するなんて手はある。


 ただ、それを行なうのに頭の固い連中を説得しなくてはならないのが一番の厄介事なのだ。




「そのせいでハ……」

「ハゲって言うな! まだ生えてるから!」

「言ってないわ! 半端ない苦労をするくらいなら、ここにしがみついてないでお前も都会に引っ越せばいいじゃんって言おうとしたんだよ。東京とまでは言わないけど、もっと大きな街だったら仕事なんていくらでもあるぞ」

「このヤロー、無理やり言葉をこじつけてきやがったな。中学で地元から離れたお前はそれでいいかもしれないでしょうけど」

「待てよ、別に好きで離れたわけじゃないぜ」

「そうだったな、悪い言い過ぎた。お前は厄介払いされただけだもんな」

「余計に酷い言い方じゃねーか」


 俺は中学卒業と同時に県庁所在地にある私立高校で寮生活を送るため地元を離れた。まあその前に家族の間で揉め事があったので、体の良い厄介払いのようなものだ。


 ハゲって言いかけたのを根に持っているのか辛辣な物言いだが、事実だから仕方ない。


『高校までは学費を出してやるがその後は自分でどうにかしろ』


 親としては穀潰しの三男など、高校までは出してやるから後は好きに生きろ、何だったら仕事の世話くらいはしてやるとでも言いたかったのだろうが、県会議員の息子である以上、地元はおろか県内で働いていては、どこで関わりが発生するかも分からない。


 だから俺は猛勉強の末、東京の大学に奨学生として入学することを選択し、以来卒業後も東京で就職し、東京で暮らしている。


 こればかりは成り行きとはいえ運命に感謝している。もし地元の高校に進んでいたら、大学という世界があることを知ることなく、親の口利きで地元で就職していた線が高いからね。


「お前たしか県庁に2年くらい出向してたよな。大きな街の暮らしだってなんてことないだろ」

「俺にはあの街が限界。地方で一番の政令市ですら異世界だもの、都会で暮らすなんて到底ムリだわ。お前はよく東京で暮らしてるよな」

「慣れだな」


 友人は仕事柄、国の出先機関がある政令市に行くことがたまにあるそうだが、その規模ですら怖くて仕方がないらしい。


「前にお前が言ってたじゃん。短いなんとかって?」

「ああ、アレは俺もビビったわ」


 初めて暮らした東京の地。駅で電車を待っていると、「今度の電車は短い10両でまいります」という奇妙なアナウンス。


 短いって何だ? 短いってのはウチの地元の1両みたいなので、長くても2両とか3両ではないのかと思ったら、轟音と共に滑り込んでくる見たことも無い長さの列車。にもかかわらず、中にはこれでもかというくらいのお客さん。ぎゅうぎゅう詰めの車内で押されたり踏まれたりで、アレはマジで死ぬと思ったわ。


「残念だが俺はそんな世界で暮らせるような身体じゃねえし、それに俺がいなくなっちまったら誰が死に水を取るんだ」




 聡太郎はいつかこの街が消えて無くなってしまう可能性を予感している。


 それは彼だけではなく、この街に住む大人であれば多かれ少なかれ皆感じているところだろうが、それを問題として直視している者はごく少数で、分かっているが自分が主体で動いてもどうにもならないと諦めて、仕方ないと見ぬフリをする者が大多数なだけ。


「もちろんそうならないように足掻いて足掻き続けるつもりだがな」


 だがそう簡単に過疎化が解消されるわけもないし、万策尽きたときの幕引きを自分たちの手で綺麗に飾りたいと願っているのだと言う。


「選挙の件もその一環か?」

「そうさ。あの酔っ払いどもは、自分たちの意見を否定されるからアイツじゃダメだなんて言っているが、少なくとも今まで牛耳っていた爺さんたちの言葉よりは現実味はあるし、実現性も高い。決して特効薬にはならないだろうが、今までよりはいくらかマシだ」


 それはとある人物の話。その人は若いながらも地元の活性化に尽力しており、件の鉄道廃止と代替バスもその人の伝手で県や国と話をまとめたところがあるらしい。


「本当はお前にそれを先導してもらいたかったんだがな」

「無いな。俺がどんな理念を持っていたとしても、あの親の子であるだけで、ジジイ共の神輿に担がれて終わりだ」

「分かってるよ。お前が出ると言わないのは分かっている。だから次善の策を採ったまでさ。幸いに賛同してくれる奴も若いのを中心に少しずつ増えてきた」


 決して俺が神輿に乗ることは無いと分かっていて、上に立てなんてしみじみ言いやがるとは、ズブズブに黒くなったもんだ。


「ならその願いは近いうちに叶いそうだな」

「ああ、親父さん相当やばいからな。お前も話は聞いてきたんだろ? ありゃ今更どうにかなるレベルじゃないぜ」

「実際に本人から聞いた上で最終的な判断をするつもりだけど、今のところは『三十六計逃げるにナントカ』ってところだな」

「それがいいだろうな、既に支援者もだいぶ匙を投げているようだし」

「そうだな。ならそろそろ行くとするか」

「もう行くのか。なんならウチに泊まって明日の朝にでも……」

「いや、連・れ・が迎えに来る手はずだから」


 久しぶりの再会だから積もる話は山ほどあるが、今日のうちに厄介事を解決しておきたい。友人はそれを理解しているので、残念だなと零しつつまた会う日を期待して俺を送り出してくれた。




「その様子だと、彼女も元気にしているみたいだな」

「そのことなら俺よりも嫁さんに聞いたほうが確実だろ」

「なんだよ、まだ根に持ってんのか」

「当たり前だろ」


 お前らのやったこと忘れてないからな。


「そう怒るなよ。俺らは俺らで祐ちゃんのことを考えてだな」

「知ってるよ。俺が無茶しないように、だろ」

「分かってんじゃん」


 でも、そのおかげで今がある。それだけは感謝してるよ。


「次は2人一緒に会えるといいな」

「お前が東京に遊びに来ればいい」

「空港から一歩も出れなさそう……」

「ちゃんと迎えに行ってやるよ」

「それなら考えておく。じゃあその日まで」

「ああ、また会おうぜ」




 こうして俺は同窓会の会場を後にして、照らす明かりも少ない薄暗い道を歩いていく。


 かつて毎日のように歩いて慣れ親しんだ、だが二度と戻ってくることはないだろうと思っていた実家へと続く道を……

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