反対運動の意味
鉄道が敷設されたのは、河川水運に代わる運送手段としてだった。
しかし、なにぶん土木技術が未熟な時代に作られたため、山あいに僅かに開けた渓谷、つまり当時の人々が暮らしていた小さな集落をあっちへこっちへと結ぶその路線は、お世辞にも使い勝手がいいとは言えないものだった。
それでも当時は道路事情が悪い地域だったので、赤字ながらも路線が維持されていたのだが、高速道路が開通して状況は一変した。
それまで大きな街へ出るのにも、トコトコとのんびり進む鉄道しか無かったところへ、山をぶち抜いて一直線に大都市へと向う高速道路の開通。
木材運搬の需要を失った上、人の移動もそちらに取って代わられてしまい、とうとう存在価値を失ったローカル線が行く末は廃止しかない。
鉄道会社だって営利企業だ。運行に経費がかかりすぎて自助努力のみで持続するのは難しい以上、代替の交通手段が確保されたとあれば廃止させてほしい訴えるが、地元の発言力の強いじいさんたちはそれによって街が廃れるのは認められないと声高に叫ぶものだから協議は平行線。
さらには青年会を組織する、今もやんちゃが抜けきれていない、青年と言うにはいささか年嵩のいったおじさんたち、つまりじいさんたちの次を担う予定の世代も加わって廃線反対運動に参加していた。
「よその街にいくのも車、県庁に陳情に行くのも車、国に要請しに行くのも空港まで車だ。当の本人が乗りもしないのに誰が乗るって言うんだ。乗って残そうなんてスローガンが聞いて呆れるぜ」
聡太郎はなんだかなあって顔をして話をするが、理由は簡単。そっちの方が速くて便利だからだ。
線路は平津の街に向かっていたが、そこから県庁のある街に行くには乗り換えてさらに1時間。乗継ぎなんて全然考慮されていないし本数も少ないから、下手すると到着まで半日くらいかかる。
だが車となれば、高速道路が一直線で県庁所在地の近くまで結んでおり、緑山からの所要時間は鉄道のおよそ半分。空港に向かうにしても高速を反対方向へ行けばすぐ側にインターがある。
そんな状況で、どう考えても鉄道が勝てる見込みは毛の先ほども無いにもかかわらず、地域の繁栄に鉄道は不可欠などとうそぶき反対の姿勢を見せていたのだ。
「あの人たちも頭の中では分かってんだろ。どんなに反対したって廃線は避けられないってね。だけど『我々はできる限りのことはやった』と力をアピールしたいだけさ」
「仰るとおりさ」
車社会となった今、鉄道が廃止になったとしても困るような事態はそれほど多くない。普段から車に乗っている世代は、鉄道なんて最後に使ったのはいつのことかといった具合だから一番影響が少ない。
にもかかわらず彼らが廃線に反対するのは、己の利権を守るため。じいさんたちは地元のために俺達はちゃんと働いている、貢献しているとアピールすることで住民の歓心を買いたい。
そして青年会は、自分たちより上の世代の権力者たちがそう言うものだから、後々権力を委譲してもらうときのために、彼らに睨まれないよう右へ倣えで従っているのだ。
「反対した理由の1つが、学生の移動手段の確保だっけ?」
「お題目はな。だけど鉄道が残ったって、通える高校の選択肢は地元か平津に出るかの2つだけ。むしろ今は通学時間に合わせて高速バスが出てるんだもの、むしろ進学の選択肢が増えたわ」
高速道路が開通したことで、隣県の大都市とを結ぶ高速バスが頻繁に運行され始めた。これによって、車の運転が出来ない者も移動手段の確保にそうそう困ることはなくなっていた。
昔だったら下宿とか寮生活となったはずの県庁所在地にある進学校だって、今は自宅から通える時代なのだ。
「コミュニティバスのおかげか」
「そういうこと」
交通困難な地域の移動手段確保という体で動き始めたコミュニティバス。町内各地と高速バスの停留所を結ぶことで、その先までの交通手段を確保した形になる。
「廃線に反対したところで対案はない。『乗って残そう』ったって、使い勝手が悪いから乗らないわけだしな。通学のほかにも、年寄りの通院や買い物、町内の移動手段を確保するならバスが最適だと言えば一発よ」
「財源はどうしたんだ」
「県と国の補助金さ」
友人は反対一辺倒でまともな協議も出来ないうちに、廃線決定となってバタバタするくらいなら、今のうちに財源確保に有利な条件を引き出して、バスを走らせた方がいいと考えて、上司と共にその約束を取り付けるのに奔走したらしい。
「それでよくじいさんたちが納得したな」
「廃線に反対しているのは旧緑山町の人間だけ。平津の人間や県の人間にとってみたら、有っても無くても影響の無い路線だ。だったらまだ体力のあるうちにバス路線を整備して金を引っ張って、実績に応じて路線やダイヤを組み替えるノウハウを蓄積しておいた方がいいだろ?」
反対を訴えれば住民へのポーズになるし、あわよくば国や県から廃止の引き替えに何らかの見返りを当初の提示以上に勝ち取ることも出来る。
だけど県や国との交渉がこれっきりというわけではないから、ゴネ得というのも塩梅が大事。
やり過ぎて後々焼け野原になっては元も子もないので、反対派は役所でどうにか説得するから、その分見返りに有利な条件をくれと交渉して、それを彼らジジイたちの手柄にさせたようだ。
「だけどそれがずっと続けられるのか?」
「無理だろうな。そもそもバスになっても赤字だもん」
鉄道の廃線に伴うものとすれば、多くは代替バスの運営補助金とか、道路整備などという見返りを受けるわけだが、それが地域の活性化に繋がるかと言えば、成功したとは言い難い実績が多くの地域で見受けられる。
「それって……」
「終わりの始まりってことだよ」
地域交通の維持という建前で、鉄道に代わる手段としてバスを走らせてはいるが、このままならいずれそれも廃止になるだろうと聡太郎は考えていた。
「いいのか? 役所の人間がそんなこと言っちゃって」
「とりあえず反対運動していた爺さんたちがあの世に行くまでは保たせるよ」
物騒なことを言いながら友人がケラケラと笑う。
「だけどな、それでこの街を終わりにさせる気はないからな」
しばらく見ないうちに腹がだいぶ黒くなっていた。頭は光っているけど……
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