因循の社会

「相変わらずめんどくせえ奴らだな」


 そこは中学時代で止まったままの人間関係が大人になっても継続する世界だった。


 かつてカースト上位だったヤンキーたちが、久しぶりの帰郷を果たした同級生を捕まえては昔の武勇伝を滔々と語り、その合間合間でみんなの過去の失敗を蒸し返しては笑い者にしていた。


 この街は昔から肉体労働系の仕事が多い土地柄のせいか、腕っ節が強かったり威勢が良い人間が幅を利かせていた。子供の世界でもそれは同じで、学校でも発言力が強いのは、そういう人を親に持つ、勉強は苦手だけど腕力には自信があるといういわゆるヤンキーたちであり、中学どころか高校まで一緒という濃密なコミュニティの中で、そのヒエラルキーが逆転することなく未だに続いている。


 一方で早いうちに都会へと出て行き、そのまま現地で就職して帰って来ない者のほとんどが勉強の出来る子たち。当時彼らはガリ勉などと馬鹿にされ、カーストの下位に位置していたから、15年経った今でもヤンキーどもは格下に見て小馬鹿にしていた。


 俺もこの街で育った1人だから、別にそれを悪と断じるつもりはない。彼らが同級生をいじるのは、あくまでもコミュニケーションの一環、親密さを示すための行為だと思っているから。ただ、それが通用するのは内輪の中だけであり、都会に出て行った者の多くはそのノリを受け付けなかったのだという事実に気付いていないだけ。


 都会では隣人であったとしても、他人の行動を干渉するようなことはほとんどない。


 それはそれで良いことばかりでもないけれど、この濃密なコミュニティの中では、異なる考え方をするマイノリティは許されざる存在であり、虐げ、下に見ることを純粋な気持ちで悪いことだと思ってはいないのだ。




「みんなもムリして帰ってこなくてもよかったのに」

「お前と違って定期的に顔出さないと親が何言われるか分かんねえから我慢してんだよ」

「痛いところを突かれたわ……」


 子供が故郷に帰ってこない親御さんが周囲からチクチク言われている姿が、深く考えるまでもなく目に浮かぶ。


 娯楽もなく楽しみと言えば他人の噂話、ゴシップで話に花を咲かせること。ここはそういうところ。そしてそれは俺たちの世代でもあまり変わっていないようだ。


「商工会イベントの主催を任されたとか、祭りで大役を務めたとか、聞こえは良いけどじいさんたちから面倒事を下ろされただけだ。今まで通りのやり方を続けろと命じられて粛々とこなすだけで何も新しいことが始まったわけじゃない」


 時間が止まったままの感覚。酒が入ったせいか、聡太郎はどこもかしこも旧態依然としたままだと愚痴が止まらない。


「緑山は俺たちが支えてんだ。分かるか?」

「ほらまた始まった」




 元ヤンたちが自分たちの功績をひけらかすのはいつものことらしい。その話す声はだんだん大きくなり、街から出ていった同級生が戻って来ていることもあってか、いつしか街の過疎化に話題が移りだしていた。


 若い人がどんどん都会へ出て行ってしまい、地方の過疎化が進行するなどという話はここに限ったことではない。


 とはいえ彼らの主語は国家的な視点ではなく、あくまでこの街の話。俺たちは地元に残ってこれだけ頑張っているんだと自慢話のように披露しているが、実際にやっていることは旧態依然として変わることのない昔ながらの伝統をただ受け継いでいるだけ。


 伝統を軽んじる気は無いが、時代に合わないものもある。もっと合理的な考え方で進めれば効率化できそうなものも多いけど、彼らは変えることをよしとはしていない。


 それはどう変えたらいいか分からないというのもあるだろうが、一番は何かを変えることで、上の人間に目を付けられるのを避けたいから。人間関係が濃密ゆえに、一度トラブルになってつまはじきにされると、後々暮らしにくくなるのは田舎あるあるだな。


「平津の役人は緑山のことなんか何も気にかけてない! それもこれも緑山の役場の人間がだらしねえからだ!」


 誰に向かってともなくそんな発言が飛び出すが、それはあきらかに友人を揶揄しての言葉であろう。彼は地元の役場に務めており、なんとか昔の活気を取り戻そうと試行錯誤しているのに、そんな苦労も知らずに好き勝手なこと言いやがってと気分が悪くなる。


「やめとけ、言わせるだけ言わせておけばいい」

「お前が何もしてないような言い方されて黙ってろと?」

「いいんだよ、事実何も出来てねえんだから。何か新しいことを始めようとしても、周囲の理解が得られなくて上手くいかないことが多いからな」


 自虐的なセリフと共に聡太郎が肩をすくめる。何か新しいことを始めようとしても周囲の反対がすさまじく、調整や軌道修正を図るうちに結局ありきたりな施策しか打ち出せないのだからと。


 こればかりは彼の責任とは言えない。古くから土地に住むじいさんたちは、地方再生とか地域活性などという言葉に踊らされてそれらしいことは言うものの、結局今ある物、自分たちがこれまで受けてきた恩恵を手放したくないだけ。本質的な変革の果てに、自分たちの権益が侵されることは断じて望んでいない。


 しかしどんどん悪化する現状を見て、彼らは二言目には「この街には後を託す有望な若者が少ない」と嘆き、次世代を継ぐような人材がいないから、自分たちも現役を退けないのだと本気で思っている。




 これまでもよそから移住してきた人や都会に住む若者にアイデアを募るなんて企画を実施したことはある。だがいざ斬新なアイデアが披露されても、前例が無いとか、土地のことを知らん者が偉そうなことを言うななどと難癖を付けては悉く潰していき、嫌気のさした彼らがこの街のために協力することは無くなる。


 それの繰り返しを何年、何十年と自分たちが続けてきたことが原因とは気付かずに、未だに「活力ある街には若い力が不可欠」などと言い、街を出ていく若者に向かい「最近の奴は堪え性がない」と悪態をついているらしい。


 老人たちの言う有望な若者とは何なのか。それは友人のようなこれまでの体制を変革し、新しいことにチャレンジする、「今の地元に本当に必要な人材」ではなく、自分たちの言うことに従い駒のように動いてくれる「都合のいい人材」である。


 旧態依然とした考え方や風習に固執して非効率と重労働を強要し、それに見返りを求めることなく文句も言わず従う者が彼らにとって重要で有為な人材なのだ。


「廃線のときだってすごかったんだぜ」

「ああ、ニュースで見たわ」


 そう言うと聡太郎は、鉄道の廃線がにわかに現実味を帯びてきたときの廃線反対運動の話を始めた。

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