止まったままの針

公社

帰郷

「祐ちゃん、久しぶり~」

「迎えに来てもらって悪いな」

「あいつは幹事で忙しいからね。さあ早く乗って」


 停留所で高速バスを降り、15年ぶりに故郷の地に足を踏み入れると、すでに旧友が迎えに来てくれていた。


「相変わらずの風景だな」

「そう? むしろこっち側は高速が通ったから工業団地なんかも建ちはじめたし、かえって昔の街の方が寂れたかもよ」


 友人がそんなことを話していると、車はかつて街の中心であったはずの旧市街へと入った。


 古ぼけた家屋、いくつかの家は住む人も無くうち捨てられており、商家もまた既に廃業してしばらく経っているのか、軒先にある錆びたホーロー看板が時間の経過を物語っている。


 俺が街を出た頃よりさらに寂れた印象。なるほど、友人の言ったのはそういうことかと納得した。




 平津市緑山町。山を隔てて遠く離れた海沿いの大きな街同士を結ぶ街道の中間に位置するこの町は、かつて山から降ろした木材や周辺の村々から集まった物資を川の下流に運ぶ林業と水運の町として栄えていたものの、海外産の輸入に伴う木材価格の下落とリンクするように徐々に衰退。最盛期1万を超えていた人口は4千人程にまで落ち込み、いつの間にか海沿いの市に吸収合併されて、旧町名がかろうじて地名に残っている、何の特徴も無い山あいの小さな田舎町だ。


 俺はそんな地元で会社を経営すると共に、曾祖父から代々県議会議員を務めるいわゆる名士の家の三男で名前を祐治、幼馴染には祐ちゃんと呼ばれている。


 今日ここに帰ってきたのは、中学卒業以来初となる同窓会の誘いがあり、それと共にほぼ絶縁状態だった実家から大事な用があるとのことで呼び出しを受けたからだ。


 本当は帰ってきたくなかった。実家の中では後継者だからと長男は甘やかされ放題なのに対し、次男三男はオマケのような扱い。兄は悪さをしても窘められる程度なのに、俺達はちょっとした兄弟喧嘩、それも責任の所在が10:0で兄にある場合でも怒鳴りつけられる始末。拳が飛んでくることはしょっちゅうで、何事にも長男優先。温かい家庭とは無縁の非常に肩身の狭い生活をしていた。


 幸いに田舎の密なコミュニティの中では、家では虐げられていても外に出れば名士(笑)の三男。学校生活では勝手にスクールカーストの別枠みたいな扱いを受けていたから、太鼓持ちみたいな煩わしいのも多かったけど何人か親友と呼べる者はおり、彼らのおかげでどうにかグレずにやって来られたので、是非とも会って近況を報告しておこうと思って帰ってきたのだ。




「場所はどこだっけか」

「駅前の割烹料亭だよ。覚えてるでしょ、あのでっかい看板の」

「ああ、あれか。駅前ねえ……」

「仕方ないわ。昔っからあそこは駅前って呼んでたから。今さら変わらないわよ」

「たしかに」


 大昔、川船が担っていた輸送手段はその後敷設された鉄道にその役が取って代わり、それこそ最盛期には長大な貨物列車が走っていたそうだが、木材需要そのものが失われ、元々乗客の少なかった路線は赤字路線として、数年前に廃線となってしまった。


 既に駅舎も取り壊され、残ったのは地域交流プラザという名のハコモノと、その前に立つコミュニティバスの停留所。名前こそ緑山駅と名乗っているが、駅の姿は往時を知る人の記憶の片隅に残るのみだ。


「私は車を家に置いてから向かうから先に行ってて。聡太郎がいるはずだから」

「分かった」


 迎えに来てくれた友人と一旦別れ、会場の料亭に入ると、受付をしていた聡太郎が俺の姿を見つけて、待ってましたとばかりに声をかけてきた。


「随分遅かったじゃねえか。来ないかと思ったぜ」

「こっちも色々あんだよ。お前が幹事だから顔を出さないわけにもいかないから時間作ってきたんだぜ」

「だな、色々あるんだものな。随分とご立派になられたもんだ」

「そういうお前も……だいぶ変わったな」

「頭を見ながら言うんじゃねえよ」




 この友人は元は緑山の町役場に就職し、今は市役所の支所となった旧役場で職員を務めている。年賀状のやりとりなんかは続けているが、会うのは久しぶりだ。まだ30になったばかりだというのに40代か50代くらいを思わせる風格のある頭頂部だったものだから、視線が自然とそこへ向かってしまう。


「苦労しているみたいだな」

「全くだ。10年以上務めてんのに、未だに若造呼ばわり。今日はあっち、明日はそっちといいように使われているさ」


 彼は中学時代から頭のいい男であった。今は都会で暮らしている俺から見れば、そこまで猛勉強しなくてもそれなりの大学には入れるくらいには地頭が良かったと思う。


 しかし残念なことに、この街から通える高校は地元の学校と、廃線となった件の鉄道で1時間ほど揺られた先にある、平津の中心部にある普通科高校と商業高校、工業高校くらいしか選択肢がない。


 都会だと学力ごとに区分されて同じ高校には同じくらいの学力の生徒が集まるのだが、こちらでは生徒の学力は玉石混淆。お世辞にもレベルが高いとは言えない。


 中には努力して地元高校から大学に進んだり、下宿して県庁所在地や他県にある進学校に進んだ末、東京や大阪の有名大学に入学した人もいるにはいるけど、そう言う人は希で、何より卒業後は俺のようにそのまま帰ってこない人がほとんど。


 いないわけではないが、現状地元にいる人で大卒というのは違う出身地からこちらに移住してきた人たちばかりでごく少数だ。


 そうなるのには理由があって、高卒でもそれなりに職があり、親世代の殆どが大学など通った経験も無い田舎で、わざわざ高い学費を出して大学に行って何をするんだという単純な疑問に明確に応えられる人材がいないから。なのでこの街では、普通の家庭で育った者が高卒で就職するのはとても当たり前なことであり、彼もその1人であった。




「頭の固いじいさんたちに振り回されているってところか」

「時間が止まってるのはじいさんたちだけじゃねえよ」


 そう言って会場内を指さす友人。開始してまだそれほど時間は経っていないはずなのに、そこかしこで酒盛りをして出来上がった同級生たちがいた。




「商工会の集まりでよー……」

「まーたお前は車改造したのか」

「秋祭りでさ……」

「今度イベントやんだよ、イベント!」


 笑いの絶えない会場。だがそこで話される内容は15年前と何も変わらなかった。

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