研究者視点③

 ……私は、一体どうすれば良いのだろうか?

 いや、わかっている。どうにか償いをしなければならない、というのはわかっている。

 勿論、私のしでかしたことは償いの出来るようなことではない。

 だが、それでも私は何かしらの償いをしなければならないのだ。

 というか、そうでもしなければ私の精神が保たない。


 しかし、どのようにして償えば良いのかがさっぱりわからない。

 家事の手伝いをしようにも、この体では出来ることはが知れているだろうし、体を使って貰おうにも、向こうがその気でなければただの押し付け。迷惑にしかならない。


 あー……もう、本当に私は、なんでこんな……

 ……クソ、駄目だ。まともな思考が出来なくなっている。

 まずは一旦落ち着こう。一旦落ち着いてからまた考えるべきだ。


「ふぅ、あー…………」


 涙を拭いつつ、顔を上げる。

 すると、椅子に座ってこちらを見ている彼と目が合った。

 どうやら、私が泣き止むまでずっと待っていてくれたらしい。


「……すまないね。こんなみっともない姿を晒してしまって」

「気にするな。元はと言えば俺が変なことを言ったせいなんだ。こちらこそ申し訳ない」

「ッ!?……何、を……?」


 彼が頭を下げて私に謝罪する。

 その額は、あとほんの少し下ろすだけで机に届いてしまいそうだ。

 …………何故?

 何故君が謝っている?何故君がそんなに頭を低く下げている?

 悪いのは全て私であって、君に悪かった点など何一つとして────


「俺は、今後貴女と良好な関係を築いていきたい。だから、これで許してくれないか」


 ……許……?……あ、あ、そうか、そういうことか。

 彼は、私が泣いたのは彼の言葉のせいだと思っているんだ。

 私が変に泣いてしまったばかりに、彼に変な誤解を植え付けてしまったのか。


「あ、違、違う…… ただ、私が勝手に……」


 …………いや待て。駄目だ。これは言ってはいけない。

 毒殺を疑ってしまって、それで自分が情けなくて泣きました、なんて言おうものなら……


「……ゆ、許す。許すから、顔を上げてくれ、頼む」 


 ……ああ、言った。言ってしまった。

 なんて烏滸がましい。我が身可愛さに、彼に向かって「許す」だなどと。

 息が苦しい。体の感覚が鈍い。口内が乾く。

 凄まじいまでの罪悪感に、もはや彼の顔も直視できない。


「……その、なんだ。今更だが……ようこそ、我が家へ。これからよろしく」


 っぐ、うううぅぅぅ…………

 純粋な善意が心に刺さる。

 ただひたすらに辛い。


「あ、ああ。よろしく、頼むよ」

「…………」

「…………」


 沈黙の時間が続く。私はずっと下を向いたままだ。

 言うべきことは山のようにあるはずなのに、喉元まで出かかっては消えてゆく。

 空気が重い。 


「……あー……どうだ?この家は?」

「え……あ、ああ」


 彼が質問を投げかけてくれた。

 気を遣わせてしまっただろうか。


「そうだね。良い家だと思うよ。整理整頓がしっかりと出来ている」

「父が、綺麗好きだったからな。小さい頃から、その辺はしっかりと躾けられていた」

「そう、なんだね。……では、お母様はどうだったんだい?」

「母は……母は、綺麗好きというか、何かを順番通りに並べることが好きな人間だった」

「へぇ……まぁ、気持ちはわかるかな。そうした方が分かり易いし」

「そうだな。分かり易かった。……ああなる前日も、鼻歌を歌いながら…………」

「ッ……!」


 彼の目線が本棚の方を向く。

 きっと、あれに侵食される前のお母様の姿をあそこに投影しているんだろう。

 ………………私、が、彼から、奪った………………


 視界が明滅し、五感が急激に遠ざかってゆく。

 私が……違う、私は、ただ……もっと、あれが……

 そうじゃなかったんだ……最初は…………


「…………悪いが、着替えを頼めるか?」

「え、あ」


 思考が現実に引き戻される。

 言われた言葉を反芻し、自分の服に目をやってみると、それは血に塗れ、固まっていた。

 これは確かに駄目だろう。

 しかし、私は着替えなんて持ち合わせていない。

 まさか、裸で過ごせとでも……いや、無いか。


「そう、だね。流石にこのままだといけないな……ぬ、脱げば、良いのかい?」

「まぁ、そうだな。さっきまで居た部屋の箪笥の中に、母親の使っていた服がある。それを代わりに着てくれ。脱いだ物は洗濯する。……一人で、出来るか?」

「ああ、まぁ、そのくらいなら、出来るかな。……あと、出来れば濡れたタオルを貰えるかい?体を拭きたいんだ」

「それなら、さっきのヤツが枕元に置いてあるが……新しいものを持って来るか?」

「い、いや、じゃあ、大丈夫だ。それで構わない」

「そうか。……では、部屋に運ぼう。着替えが終わったら呼んでくれ」

「だ、大丈夫だ。このくらいなら……自分で……行ける……!」


 壁伝いにして先程の部屋に戻る。

 足は痛むが、歩けないこともない。

 時間をかけつつも、なんとか部屋の中に入ることができた。

 見たところ箪笥は部屋の反対側の壁だが、距離は近い。もう大丈夫だろう。


「……ふぅ、どうだ?このくらいなら、大丈夫……うぐっ!?」


 体がガクンと揺れると同時に、足首に嫌な痛みが走り、体が横に倒れる。

 倒れ込んだ場所は布団だったようだが、足首がズキズキと痛む。

 どうやら、さっきのアレで捻ってしまったようだ。


「……やはり、移動する時は俺が運ぶことにしよう。その状態では無理だ」

「……どうやら、それがいいらしいね……わかった」


 自分の情けなさに再び涙が出そうになる。

 一体私はどれだけ彼に迷惑をかければ気が済むのだろうか。

 そんな私に気を遣ったのか、彼は私に濡れタオルを手渡し、棚の説明をして、足早に戻っていった。


 …………本当に、私は何なのだろうか。

 都市一つの壊滅に手を貸して、追い出されて、善良な人にここまで迷惑をかけて……

 ……………………屑め。 

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