第7話
先程包帯を取り出したばかりの救急箱を再び引っ張り出し、湿布を探す。
だがしかし、見当たらない。まさか、使い切ってから買い足していなかったのか?
いや、そんなことは有り得ない。つい先月、父だけでなく母も腰がヤバくなってきたと────
……ああ、そうだ。よく使うからと別の入れ物の中に入れていたんだ。
確か、こっちの缶の方に……良かった。大量に入っていた。
些か買い過ぎではないかという気もしなくもないが、この状況では有難い。
それに、殆どが未開封のままだ。恐らく、本当につい最近買い足したんだろう。
これならば、しばらく湿布の在庫については考えなくても大丈夫そうだな。
湿布を一枚取り出して、救急箱と缶を戸棚に戻す。
まぁ、彼女の着替えはもう少し時間がかかると思うので、先に他をやっておこう。
まずは食器だ。皿を流しに持って行き、洗剤で油を落としてから水で流す。
そして、良い感じに綺麗になった皿を乾燥棚に置いたら完了だ。
……しかし、やはり日用品の確保もしなければならないな。
洗剤の残りが少なくなっている。いや、別に洗剤は無くなってもまだ大丈夫なんだが、トイレットペーパーとかが無くなりでもしたらストレスで死にかねん。
一応、隣の部屋に突撃すれば回収は出来るんだろうが、人道的にあんまり……いや、手段なんて選んでいられる状況じゃないな。それに、もう既に10人くらい殺してるんだ。今更になって人道なんて気にしたところで無駄だろう。
……よし、じゃあ、今日のところは彼女がここで暮らすにあたっての準備に専念して、明日か明後日くらいに行ってくるとしよう。ベランダの蹴破れる壁から中に入れるはずだ。
ついでに、あの声の主も始末してこなければ。これでやっと静かに……は、もう片方の隣人を殺さなきゃならないんだが……あっちとはベランダが繋がっていないんだよな……うーん……廊下にある格子付きの窓を破壊すれば入れるか?
格子はヤスリで削るとして、あの分厚い窓は木刀だと無理そうだが、金槌なら……あー……クソ、なんでこうもスラスラと……って違う。駄目だ駄目だ。
拙いぞこれ。早いうちにこの感性をどうにかしないと、いつか自己嫌悪で自殺するぞ俺。
わかってはいる。わかってはいるんだから、さっさと割り切らなければ。
……ってか、そういえば木刀を回収していなかったな。
彼女は多分まだ時間がかかると思うし、今のうちに取ってくるか。
しかし、手ぶらで行くのは怖いな。何か…………ダンベルがあった。これの持ち手でいいや。
リーチの短さが難点だが、重量は結構ある。武器にはなってくれるだろう。
ダンベルの重りを外し、持ち手の部分だけを持って外に出る。
足早に階段を降りて出入り口のあたりを探してみると、あっさり目当ての物は見つかった。
拾い上げて確認してみると、多少ではあるが傷がついている。まぁ、ここの地面はゴツゴツしているタイプのアスファルトだし、そんなところに投げたのだから当然だ。
しかし、ガムテープあたりでしっかりと巻けばゾンビ相手にもまだ使えるはず。
あとついでだし、滑り止めも付けるか。この前も手汗で滑りそうになって大変だった。
何を滑り止めにすれば良いか考えつつ階段を登り、廊下を歩く。
部屋に近づくと、彼女の声が聞こえてきた。どうやら、丁度着替えが終わったらしい。
木刀とダンベルを置き、湿布を持って両親の寝床の扉を開ける。
「……大丈夫だったか?」
「あ、ああ、大丈夫だったよ。サイズも大体は同じだったらしいし、ちゃんと着れた」
そういう彼女のが今着ているものは、落ち着いた暗い色のシャツに、ジーンズ。
どちらも、母親が好んで着ていたものだ。俺も普段からよく見ていた。
しかし、どうも服という物は、着る者が変わると印象もガラリと変わるものらしい。母と同じ服なはずなのに、全く違う服のように見えてしまう。
念のためよく見てみるが、やはり母の服だ。
「それは良かった。では、湿布を貼ろう。足を出してくれ」
「あー……いや、それは後で私が貼る」
「そうか、では、脱いだものを渡してほしい」
「うん……ほら、これでいいかな?」
「大丈夫だ」
彼女に湿布を渡して、かわりに洗濯物を受け取る。
うーん……血塗れ。洗濯機じゃなく、手洗いでやった方が良いな、これは。
「では、これで俺は失礼する。今日からここが貴女の部屋だ。要望があったら呼んでくれ」
「……あー……じゃあ、ちょっと……」
ドアノブに手をかけ外に出ようとすると、彼女から呼び止められた。
早速何かあるのだろうか。
「……どうした?」
「……その……お、お手洗いに……」
あー……まぁ。
「…………成程」
「………………本当に、迷惑を……」
「いや、構わん」
そりゃあな。人間だからな。うん
洗濯物を一旦置き、彼女をトイレに運んで、便座に座らせてから、退散。
流石に女性の入っているトイレの前に陣取るとか、常識的に考えて無い。
食卓で木刀の改造を行いながら、彼女が終えるのを待つ。
……輪ゴムって、結構優秀な滑り止めになるんだな。初めて知った。
これは他にも色々と活かせそうだ。…………ダンベルとかに。
「────────もう、大丈夫だ」
と、どうやら終わったらしい。
一旦手を止めて、彼女をトイレから回収。部屋に戻る。
なんかもう、この数時間で彼女を運ぶことに慣れてきた気がする。
「……なぁ」
「……どうした?」
「アレは、なんだ?」
ドアを通り抜け、彼女を布団の上に下ろそうとした時。
彼女が何かに対して疑問を呈する。……まぁ、十中八九アレだろう。
この部屋の中で、目につく位置に置いてある不思議なものなど、たったひとつしか該当しない。
念のため彼女の視線を追ってみるが、そこにあったのはやはり大きなゴミ袋。
何かと問われれば、両親の焼け焦げた死体(バラバラ)と答えるのが正解だろう。
しかし、ここで本当のことを伝えてしまうと、彼女に余計な罪の意識を植え付けてしまうかも知れない。流石に自殺こそしないだろうが、それでも伏せておいた方が彼女の為だ。
「あぁ……まぁ、ゴミだ。気になるようなら……あー……他へ移すが」
「……いや、いい。そこまでしてもらうわけにはいかないさ」
「そうか。それなら、そのままにしておこう」
洗濯物を持ってから寝床を出て、風呂場に向かう。
……あ、開けないように言っておくのを忘れていた。……いや、普通ゴミの中身なんて覗こうとも思わないし、まぁ大丈夫か。
さて、では早急に洗濯をするとしよう。
うーん……どれくらいまで落ちてくれるんだろうか。
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