第3話

 ────思った以上に上手く行ってしまった。

 今、俺の目の前には、椅子に縛り付けられながらも眠っている彼女の姿がある。

 彼女は俺が紐で縛っても、俺がその体を持ち上げて部屋へ運んでも起きることはなく、今この状況になっても起きる気配を見せなかった。

 まさか死んでいるのではないかと不安に思ったが、呼吸はしている。


 ……まぁ、とりあえず気長に彼女が起きるのを待つとしよう。

 時間は文字通り腐るほどあるのだ。

 まずは、レンジの中に入れっぱなしのたこ焼きを食べなければ。


 レンジの蓋を開け、手掴みでも問題ないほどに冷めたたこ焼きを口へ放り込む。

 ひやっとした感触に眉を顰めつつ噛み潰すと、添加物のたっぷり含まれた、安っぽいソースと小麦の味が広がってきた。

 ……うん、どう良く形容しようと頑張っても、クソ不味いとしか言えない。

 というかタコはどこに行ったんだ。ほんの少しもタコの感触を感じないぞ。


 結局タコの行方は分からないまま、一つ目のたこ焼きを嚥下し、二つ目、三つ目と食べてゆく。

 が、やはりタコの行方はわからない。よし、この冷凍たこ焼きは今後一切買わないことにする。

 まぁ、そもそも何かを買うってこと自体、もう出来るかどうか怪しいところだが────


「………………う」

「!!」


 確実に俺のものではない声。

 どうやら彼女が目を覚ましたらしい。


「…………?…………ッ……これは…………」

「……俺がやった」

「ッ!?…………君は………………誰だ?」


 彼女の青く、大きい眼が俺を射抜く。どうやら、海外の血が混じっていたらしい。

 素人の俺から見ても、その瞳には警戒と疑念の色が宿っていることは明らか。

 そりゃあそうだ。流石に縛られた相手に警戒しないなんてことはないだろう。

 とすると、疑念はなんだろうか。襲っていないことだろうか。だとしたら心外だ。

 まぁ、まずは質問に答えておこう。


「……こう表現して良いのかは分からないが、生存者だ」

「生存者……?いたのか……?」

「……では、次は俺の質問に答えて欲しい……貴女は何だ?何処の誰なんだ?」


 その質問に、彼女はハッと目を見開く。

 それから目を逸らし、考える素振りを見せ、そのまま口を開く。


「……研究者だ。あそこの■■■病院で、研究者をやっていた」

「……そうか」

「ッ……」


 ……成程、やはり、原因はあそこだったらしい。

 まぁ、わかったからと言って、調べる気には到底ならないが。

 先程は彼女を助けたが、本来の俺にわざわざ命の危険に飛び込む勇気は無いのだ。


「……な、なぁ、どうだ?取引といこうじゃないか」

「………………取引?」

「あぁ、そうだ。取引だとも。まず、私の右足の靴を取って、足を見てくれないか?」


 再びその瞳で俺のことを見ると、突然そんなことを言い出した。

 ……いきなり何を言っているんだ?この人は?

 何かあるのか?足に近づいた俺のことを蹴り飛ばすつもりなのか?

 ……いや、しっかりと縛ってあるし、そういう可能性は殆ど無いだろう。

 とりあえず、言われた通りに靴を脱がせて、その足を見る。


「…………これは」


 そこには、血で赤黒く染まった布が巻かれていた。

 赤い雫がポタポタと垂れていて、相当量の血が出ていることは明らか。非常に痛々しい。

 ゾンビどもから逃げる時に足を引きずっていたのは、確実にこれが原因だろう。


「見ての通りだ。君も察しはついているだろうが、あそこの病院……より正確に言うなら、私達が全ての原因なんだがね。私は他の連中と意見が食い違ってしまって、追い出されてしまったのさ」

「……それで?」

「ま、まぁ、落ち着いて聞いてくれよ。追い出されてしまったから私はもうあの病院には帰れないし、怪我もしているから、外に出ればあれらに殺されてしまうんだ。だから、私はなんとしてでもここに居たいんだよ」

「…………」


 ……なんか話の流れが見えた気がする。

 これ絶対『ここに住まわせてくださいなんでもしますから』って来るぞ。


「そこでだ!君は私に『ここへ生きた状態で住み着く権利』をくれる代わりに、私は君に、『私の事を好きにしてもいい権利』をあげようじゃないか!」


 うん、想像通りだったわ。

 まぁ、そう言うのなくても元から住まわせるつもりだったし、受けるけども。


「別に、悪い条件ではないはずだ!決して君に危害を加えない事も約束しよう!」

「わかった、受ける」

「それでも不安というのならこのまま椅子に縛り付けたままでもいいし、首輪を繋いでくれても構わない!なんなら腕を切り落……へ?」

「受ける」

「い、いいんだね?……よし、それじゃあ契約成立だ!…………ふぅ」


 目に見えて安堵する彼女。

 どうやら彼女も相当に必死だったらしい。疲れ切ってぐったりとしている。

 俺はそんな彼女を拘束している紐を切って、体を解放してやる。

 彼女の証言と助けた時の状況証拠的に、本当に彼女は俺に対して危害を加えるつもりはないのだろうと判断したからだ。

 ここで寝首をかかれたりしたら、その時はその時と受け入れよう。まぁ、きっと後悔はするんだろうが。


「あ?……あぁ……成程、早速か……」


 椅子からずり落ちた彼女がうわ言のように何かを言っている。

 まぁ、どうせ何かそっち方面へ盛大に勘違いしているんだろう。

 覚悟を決めているところ悪いが、今のところそういうことをするつもりはない。避妊具とかが手に入ったらまぁ、話は変わってくるんだろうが。

 とりあえず、彼女を両親の布団の上に寝かせておいて、部屋の外に出る。

 これから同居人が増えるのだ。色々と準備をしなくては。

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