第2話

 窓から差し込んで来た日光を浴びて目を覚ます。

 俺の心中に渦巻く暗澹とした不安とは相反する、スッキリとした気持ちの良い寝起き。

 アラームを使っての起床とは大違いだ。

 ……もう、アラームを使わなくなってから三日になるのか。

 最近のはずなのにひどく過去の事のように感じられる。

 十中八九、この三日間の圧倒的な密度のせいだ。

 何故俺がこんな目に遭わなくてはならないのか、と腹の底から湧いてくる真っ黒な思考を振り払うべく布団を畳み、押し入れへ放り込む。

 埃が舞い上がり、鼻水が出てきた。もっと普通に仕舞えば良かったよ畜生。


 今日も今日とて顔を洗い、無駄な望みを持って両親の寝床を覗いてみる。

 勿論のこと、そこにあるのは生活感溢れる内装と、明らかに不相応なゴミ袋一つだけ。

 壁一つ隔てて接している隣の部屋からは、相も変わらずうーうーと唸り声。

 いい加減、鬱病かノイローゼにでもなってしまいそうだ。

 いや、ストレスで髪が抜け落ちるかも知れない。どちらにせよ御免被る。

 しかし、本当に声が五月蝿い。


 さて、日課が終われば朝食の時間だ。

 冷凍庫から冷凍たこ焼きを3個取り出して、レンジへと放り込む。

 ピッピと設定を終え、スタートを押してから食卓の席へ腰掛けてから、溜息を一つ。


 ……まだまだ冷凍食品が山のようにある。電気の使える今のうちに消費し切るべきだ。

 しかし、俺の中には食える食べ物は残しておくべきだと言う考え方もある。

 どちらの意見が正しいのか、正直言うと俺にはサッパリわからない。

 一度脳内で会議をさせてみたが、新しい人格でも生えてきそうだったので止めた。

 いくら脳内が楽しくなったところで、結局は一人芝居だと気付いて絶望するのがオチだ。


「はぁ…………」


 現実の難解さと非情さに溜息を吐き、ベランダへと出る。

 救出用のヘリでも何でも来ていないかな、なんて言う望みをかけて空を見上げてみるが、そんなのは影も形も見つからない。

 やはり現実は非情だと項垂れる。伴って下を向く視界に入り込んでくるのはゾンビ達。

 とうとうこの光景を見ても何とも思わなくなった俺に嫌悪感を抱きつつ、この前見かけたクラスメイトのゾンビを探す。

 一体一体を目で追い、コイツは違うコイツも違うと判別していって────


「……ん?」


 一体だけ、明らかに動きのおかしいのを見つけた。

 移動速度は他のゾンビとあまり変わりないが、確実に何か違う。

 目を凝らし、その違和感の正体を探ろうとして、すぐに気付いた。


 あれは生存者だ。


 他のゾンビ達があれに追従しているのがその証拠。

 移動速度が遅いのは、怪我をしているらしい足を引きずっているからだ。

 俺は細かいことなど考えず、ようやく話し相手が出来ると木刀を持って飛び出した。

 もう、これ以上の孤独は耐えられそうにない。


 飛び降りるように階段を下り、柵を乗り越えて外に出る。

 見てみると、先程の生存者はまだすぐそこにいた。

 俺は木刀を邪魔だと柵内に放り投げて走る。一団の中にいたゾンビ達が俺の存在に気付き、一団を離れて迫って来るが、やはり遅い。

 10秒もせずにゾンビ達を引き離し、生存者に追いついた。

 勢いのままに生存者を持ち上げ、マンションの裏口目指して走り出す。

 どうやら高校生の身体能力は人一人を担いでいてもゾンビ程度には遅れを取らないようで、追いつかれるなんてことなく無事に安全地帯まで逃げ込めた。


 担いでいた生存者を下ろそうとするが、一向に動く気配がない。

 どうやら長く続いた極限状態から解放され、気絶しているらしい。

 呼吸音と心臓の鼓動は確認できるので、死んではいないはずだ。

 仕方がないと、力の抜けた体をとりあえず地面に横た…………




 ………………研究者じゃね?コイツ。

 血で染まってわからなかったが、この人が着てるこれ、白衣だ。

 もしかしたら、俺は拙いのを拾ってきてしまったのかも知れない。

 捨てるべきか………………?


 横たえた研究者(仮)を観察する。どうやら女性であったらしい。

 艶やかな黒い髪。長い睫毛。白衣の上からでもわかる起伏のはっきりとした肢体。

 浅ましい衝動が俺の中を走り抜ける。童貞には刺激が強すぎたか。

 だが、流石の俺もリスク管理というものは出来ている。ここで欲求に身を任せでもしたら後々面倒なことになるのは必至。


 というか、そもそもが怪しすぎるし、食糧の問題がまだまだ解決していない。

 俺の事を殺しに来る可能性だって充分に考えられる。

 しかし、やはり話し相手が欲しい。

 この三日間、家族との会話はおろかテレビやネットも失い、まともな言葉と一度も触れ合っていないのだ。

 もうこれ以上は俺の精神が危うい。


 …………ああクソ、俺は一体どうすればいいんだ?

 どっちを選ぼうにも、最終的に後悔する気しかしない。

 結論が一向に出ず、時間だけがどんどんと過ぎてゆく。

 ……これは拙い。このままでは研究者(仮)が目覚めてしまう。

 仕方がない、ここはまず、コイツのことを縛っておいて…………


 そうだ。椅子にでも縛り付けておけば良いんだ。

 そうすれば俺は殺されるリスク無く、話し相手を得ることが出来る。

 何故最初から気付かなかったのだろうか。こうしてはいられない。

 まずは紐を持って来て、ここで縛ることから始めよう。


 嗚呼、やった。これで俺は、孤独から解放されるんだ────

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