第4話
────さて、ではまず彼女の食事を用意するところから始めるとするか。
いつ彼女が追い出されたのかはわからないが、病院からここまでの距離と、先ほどの彼女の移動速度から考えるに、最後の食事はだいぶ前のはずだ。きっと腹を空かしていることだろう。
それに、契約内の『生きた状態で』には恐らく食事のことも含まれる。
誰かとの会話がしたい俺としては、絶対にあの契約を反故にするわけにもいかないのだ。
……というか、現状においてあの契約を破るメリットは双方に無い。
彼女は俺がいないと生活すらままならない。俺は彼女に居なくなられると精神的にキツい。
つまり、こちらが契約を履行しようとすれば、確実に彼女も契約を履行してくれるということ。
これほどわかりやすく、有難いことはない。
……ああ、そうだ。ついでだし、歓迎会とでも銘打っておくか。
歓迎会に冷凍食品だけしか無いというのも何か気が引けるし、久々に手料理……まぁ、ネットでレシピ探れないから今作れるのは限られてるが……野菜炒めなら作れるな。
うん、そうだ。それにしよう。野菜もいつまで保つかわからないし、今消費してしまえ。
野菜室を開けて、キャベツ、ニンジン、もやしを取り出す。
それとチルド室から肉も少し。……冷凍庫に余裕も出てきたし、残りの肉は冷凍しておくか。
……肉って冷凍していいんだっけ……まぁ、別に大丈夫か。最終的に食えれば問題ない。
肉を冷凍庫に詰め込めるだけ詰め込んで、野菜を洗う。
毎度毎度思うのだが、これってどれくらいまで洗えばいいのだろうか。
まぁ、とりあえず手でゴシゴシやっておけば間違いは無いんだろうが。
野菜を一通り洗い終えたら、まな板を召喚し、その上に野菜を安置。
この時にまな板も洗うことを忘れてはならない。
安置できたら、包丁を召喚……する前に、フライパンに油を敷き、火を出しておく。
野菜を切る間に、フライパンを温めるのだ。
……おっと、換気扇を忘れていた。しっかり付けなければ。
火加減を調節できたら、今度こそ包丁……ではなくピーラーを召喚。ニンジンを剥く。
シャッシャッと、表皮を残さないように剥いていく。
両親はこの時に出た皮をきんぴらにしたりしていたが、俺はそんなこと出来ない。
まぁ、栄養にはなると思うのでタッパーに詰めて取っておくが。
見た感じもう皮は残っていないかな、と思えたら、三度目の正直で包丁を召喚。
ヘタの部分と尻の部分を切り落として、その他の部分は短冊切りにする。
薄すぎたら歯応えが無いし、厚すぎたら火が通らないので、加減が難しい。
……まぁ、とりあえず、これだけ切っておけば十分だろう。
そうなれば後はキャベツだが、キャベツは普通に手で千切って大丈夫だ。
さて、野菜の準備が終わったら、いよいよ炒めに入る。
まず火を強火にして、肉をしっかりと温まったフライパンに投入。
跳ねる油に気を付けつつへらで炒め、均等に火が通るようにする。
肉全体の色が変わったな、と思ったら次はニンジンを投入。
これも油に気を付けながらへらで炒める。
特にここからは本格的に油が跳ねてくるので、火傷に気をつけなければならない。
ニンジンがいい感じにへたり、火が通ったなと思ったら今度はキャベツを投入。
順次もやしも投入し、醤油を適量かけたら、更に炒める。
適度に味見しながら味を調節し、そのまま全体に火が通れば、完成だ。
それじゃあ、いい感じに皿へ盛り付けて…………あ、そういや俺もう朝飯食ってたな……
まぁ、結構いっぱい作ったし、残った分は昼にあっためて食えば良いし、少しでいいか。
彼女の皿にたくさん盛り付けて、俺の皿は少なめに。
……彼女の方は肉も多めに入れておくか。女性が肉で喜ぶか知らんが、豪華な方が良いだろ。
盛り付けが終わったら食事を食卓へ運び、彼女を呼びに行く。
が、どうやら疲れが出てしまったらしい。両親の布団の上ですやすやと眠っている。
流石に起こすわけにはいかないし、食事はもう少し後にするかな────なんて考えながら彼女を見ていたら、布団が血で染まっていることに気づいた。
……そういえばあの怪我の手当てをやっていなかったな。最初にやるべきはこっちだったか。
戸棚にしまってあった救急箱の中から包帯を引っ張り出す。
巻き方はよくわからないが、まぁ、とりあえず今は血をどうにかするのが先決だ。
しかし、寝ている間にいきなりやっては拙いだろう。
彼女の肩を揺らし、覚醒を促す。
すると、彼女は目を閉じたまま言葉を紡ぎ始めた。
「……ん……う……あぁ……申し訳ないが、私は今自分から動けない。勝手に使ってくれ」
……うーん……なんなのだろうこの研究者は。
男が四六時中女を抱くことにしか興味のない猿だとでも思っているのだろうか。
非常に心外だ。まぁ、そう言う男が居ないとも言えないのだが。
とりあえず、勝手に巻いていいなら勝手に巻かせてもらおう。
彼女の足に巻かれた布を外し、包帯を当てる。
「あぐあッ!?」
彼女の体が一瞬大きく跳ね、のたうち回る。
予想外の痛みというのもあっただろうが、まぁ、傷だけでもそうなる程の痛みはあるはずだ。見たところ、銃弾が足を貫通している。
銃弾を摘出する必要が無いのは幸運だったのだろうが、想像を絶する痛みであることは確かだ。
「……ッ!!ぐゥッ……!あぁッ…………!!!」
しかし、痛いからとはいえ、暴れられると上手く包帯が巻けない。
気の毒だが足を腕でしっかりと固定して、出来るだけ迅速に巻いてゆく。
……が、やはり俺は素人。どうしてももたついてしまう。
「ハァッ、ハァッ!フゥーッ!」
結局、巻き終えるまでに1分程度の時間を要することになった。
彼女を見てみると、どうやら痛みを堪えていてくれたらしい。
汗をじっとりと滲ませ、布団を引きちぎらんばかりに握りしめている。
……その姿は、何と言うか……いや、直接的な表現は避けよう。
「フーッ……フーッ……」
「終わったが……大丈夫か?」
「フゥーッ、だっ、大丈ッ、夫、だとも……!」
とりあえず安否を聞いてみるが、どうやらダメらしい。
しばらく待ってみても、彼女の全身に入った力が緩む気配は見えない。
仕方ない。彼女が再起できるようになるまでに出来ることをやっておこう。
まず、洗面所でよく絞った濡れタオルを持って来て、彼女の額の汗を拭ってやる。
すると、彼女の表情が幾分か和らいだ気がした。気がしただけだが。
濡れタオルをその辺に置いておいたら、つい先程まで彼女を拘束していた椅子の周りに散らばっている紐を回収、ゴミ箱に捨てる。
……しかし、今更だがこれゴミはどうすれば良いのだろうか。
ゴミ捨て場には持って行けないし……ベランダから投げ捨てるか?
いや、そうなると下にゴミが溜まって、後から色々と問題になりそうな気がするな……
かと言って燃やすと変な有毒ガスとかが発生しそうだし……どうするべきか。
……いや、今はまだその辺は考えないでいいな。次の作業に取り掛かろう。
食卓に置かれた野菜炒めを、一旦フライパンに戻す。
彼女が再起可能になったら、温め直すためだ。
流石に歓迎会で冷えた飯を食べさせるわけにいかない。
……そろそろ、大丈夫だろうか?
寝床に戻って彼女の様子を見てみる。
すると、どうやら大分楽にはなったらしい。息は先程よりも穏やかだし、手の力も緩んでいる。
「……大丈夫か?」
「ふぅ……あぁ、もう大丈夫だよ。すまないね、こんなことをやらせてしまって」
「構わない。……ところで、腹は減っているか?」
「……?まぁ、減ってはいるが……まさか作ってくれるのかい?」
「いや、もう用意はほとんど出来ている。席に座……座れるか?」
「席というと……すぐそこだろう?そのくらいなら大丈夫さ」
「そうか」
確かに、ゾンビに襲われていた時も歩いてはいたからな。一応歩けはするのだろう。
……いや、でも不安だな。転ばれでもしたら大変だし、食卓まで運んでおくか。
「ああ、大丈夫……って、うわわっ!?」
「食卓まで運ぼう。あまり動かないでくれ」
「い、いや、大丈夫だって言ったんだが!?」
「転んだりして怪我でもすれば大変だ」
「……う、ぬ、まぁ、その通りなんだが……流石に……」
彼女を横抱きにして持ち上げる。
なんかごちゃごちゃと言っているが、そんなことは気にしない。
彼女の脚と頭をドアの縁に当てないようにしながら寝床を出て、食卓に座らせる。
さて、それじゃあ歓迎会だ。
出来る限りこの関係を長く続けられるように、頑張らなければ。
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