動き出した陰謀

第十三話 皇帝になって二年が経ちました。

 美雨メイユーが帝位に就いて、二年後。

 衝撃的な即位式から、保守的な貴族からは眉をひそめられたが、その破天荒なあり方は一部の人間の心に強く残った。

 今、彼女は本来の資質を生かし、辣腕を奮っている。


 ――わけはなく、ただ多忙の生活に悩殺されていた。


「権力が……権力がないッ……!」


 執務室で、沈没する美雨メイユー

 後ろ盾が藍大将軍である美雨メイユーは、外戚派になっている。そのため、豪族派たちが言うことを聞かない。そして藍大将軍に逆らうことが出来ないのが、今の現状だった。


「なんでよぉぉ、なんで大司馬が軍事と政務の頂点なわけぇぇ。政務は大司徒の領分でしょうが大司徒は何黙ってるのよお藍大将軍に抗議しなさいよ職権乱用だわぁぁ」


 最近の愚痴と言えば、これである。

 美雨メイユーなりに色々提案してはいるものの、藍大将軍に大体却下されるらしいのだ。


「塩の専売制を今すぐ辞める訳にはいかないじゃない、国家財政破綻してるのだからぁぁ。でも庶民の生活はもう限界なんだから、値段下げるのは道理でしょうがぁぁ」

「そもそも、軍事費が多すぎるんだよなあ。何この赤字……」

「孝武帝が戦争しまくったせいよぉ、あの老害!」


 それは以上はいけない。

 だが、塩の専売制の廃止を藍大将軍が言うのはそういうことなのだろうな、と思った。

 専売制を続けて塩の値段を下げれば、確実に削減されるのは軍費だ。今は北方民族の北胡とも休戦状態で、一番必要としない。

 軍費を削減するということは、軍人として身を立てた藍家の権力が削減されることを意味する。藍大将軍は文官としても優秀ではあるが、他の一族は殆どが武官だ。さらに塩の値段を下げることによって、豪族派の牽制も兼ねることが出来る。

 腐った政治体制を変えるにも、まず塩の値段を下げるのがいい。……が、それを食い止めてくるのが権力者たちなのである。そりゃそうだ。


「私だってねー! 皆で考えて政治できるならそうしたいのよ! でも皆自分のことばっかりなのよ! 自分の一族をいかに生かすかってことだけ考えてるのよー!! なのに私にはそれを諌める力もないって訳よー! 一番偉いのに!!」

「民のことを重んじる能吏もいるんだけどなあ……」


 大体みんな、地方に左遷とばされている。そして多くは豪族たちに殺されている。社会的にも生命的にも。


「うっうっ……地方官と接触したいわ……民のこと一番わかってるのは彼らだし……私が直接勧誘できたらよかったのに」

「そうだなあ。それができたらなあ」

 絶対止められるけど。とは、言えなかった。


「……最近忙しくて、阿嘉アジャにも会えてない」


 なんも出来ないお母さんだ。

 卓上に突っ伏しながら呟く彼女の頭を撫でる。

 貴人は獣と同じことはしない。子育ては獣がすることだと、乳母に全部任せろと、彼女は阿嘉アジャと引き離されている。

 人も動物だろうにな。


「あとで様子見てくるよ」

「……お願い」


 一番無力なのは、なんの役職もない、歴代の妃たちの力もない僕だ。






 自分は無力だと美雨メイユーは嘆くが、そんなことは無い。

 李太皇太后が『卓上話演ジョーシャンファーユェン』にのめり込んだお陰で、それに付き合う女官たちの識字率が上がったのだ。

 文字が読めることで孤独を感じていた李太皇太后も、今では読める女官たちに囲まれ、すっかり文人としての才能を発揮しており、遊戯主人ゲームマスターとして自作の脚本を書いている。最近では女官になるための試験に書も含まれ、宮殿の文化がまたひとつ生まれたのだった。


 それから、美雨が即位式で「新たな夫になりたいなら私と紙牌決闘カードデュエルだぁ!」と宣言したのをきっかけに、紙牌が貴族で大流行。多くの貴公が美雨メイユーに挑むも、打ち負かされている。

 ある高官が、「陛下が作った遊戯に、誰が勝てるのですか?」と抗議したが、美雨メイユーは、


「考案したのは私だけど、紙牌カードを作っているのは下町の子よ。そして彼らは私に何回か勝ってるわ」


 と言った。

 この『紙牌決闘カードデュエル』は、この黄河国に伝わる伝承を角色キャラクター化し戦わせる遊戯だ。攻撃するだけでなく、特性や補助紙牌カードなどもあり、それらを上手く使うことで戦局を有利にする。

 だが『卓上話演ジョーシャンファーユェン』とは違い、この遊戯に関しては美雨メイユーは規則や概念を提案しただけだ。細かな規則や紙牌の設定や絵は、下町の紙牌カード組合が手がけているのだった。

 さて、美雨メイユーの発言によって、下町に押しかける貴公が続出。紙牌決闘カードバトルに強い民間人を教師として雇い、腕を磨き始めた。

 だが、求婚目的で行っていた彼らは、すっかり決闘者デュエリストとして成長し、今や貴賤問わない紙牌カード大会が行われるようになっている。このとき庶民の生活に触れた貴族たちも増え、若い貴公たちは少しずつ彼らの生活に理解を示し始めている。

 それらは武官にも普及され、

「すげぇよ、紙牌カードが流行った瞬間、喧嘩や後輩いびりとかいじめが減ったんだ」

 という報告が、叔英シューインからされた。

『殴り合いするなら紙牌カード決闘デュエル』『よろしい、ならば決闘だ』が、彼らの標語になっているらしい。

 うちの近所を思い出す。破落戸やワルガキたちが紙牌カードにはまったことで、治安が良くなった。やっぱ遊戯って人間に必要なんだな、としみじみ思う。


 美雨メイユーに権力はなかったが、一部の尊敬と親しみを持つ人々は増えているのだ。

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