第十四話 うちの子すくすく育ってます。

 后庭に行くと、多那如多ドナルド阿嘉アジャが遊んでいた。……あの子、また女官たちの目を盗んで外に出たな。今頃女官たちは血相変えて探していることだろう。

「あ、ぱぱ!」

 阿嘉アジャが僕に気づき、走ってくる。もう阿嘉も今年の正月で四歳になった。自分で歩けるようになり、りょうりも一人で食べられるようになった。身長も急激に伸び、言葉を話すようになった。春の筍のようにどんどん変わっていく姿に、僕は成長が喜ばしいとともに、寂しくもある。毎日見ている僕ですら頭の中では赤ん坊の阿嘉アジャなのだから、殆ど会えない美雨メイユーは僕以上に子の成長を理解してないだろう。

 だか、伸びてくる手は、まだまだ小さい。


阿嘉アジャ、一人は危ないから、遊ぶ時は大人を呼べって言っただろ」

「だいじょぶ! どなるどとあそんでた!」

「実質一人だろ、それ」


 いや、確かに安全そうではあるけど。闘鶏でも負け無しだから強いだろうし、コイツ。

 多那如多ドナルドは民間の頃から阿嘉アジャを知っているものの、まだ赤ん坊だったため、どこか距離を置いていた。怖がらせないように、あるいは傷つけないように気をつけていたのかもしれない。

 だが、阿嘉アジャが歩けるようになった途端、多那如多は積極的に傍にいるようになった。この鶏(?)、なかなか面倒見の良い。


「あのねー、ていうかねー、どなるど、しゃべるんだよー」

「ははは、そうかー」


 ……奴なら有り得かねん。

 多那如多ドナルドは変わらず巨大で七色の光を放っており、見ていると酔いそうだ。

 市中の人々もだけど、後宮の人たちもこの生き物に疑問に思ってない。何らかの認識阻害でも受けているんだろうか?


「あのねー、ていうかねー、だっこしてー」

「はいはい」


 阿嘉アジャの最近の流行語は「あのね」と「ていうかね」。そしてコロコロ話題が変わる。

 暫くそうやって喋ったり抱っこしたりしていると、李太皇太后がやって来た。


「おや、そこにおったか、崔どの。阿嘉アジャも」


 十五歳になった李太皇太后は、今ではすっかり少女らしい顔つきになっている。


「じぇじぇ! ていうか、みんなであそぼー!」

 阿嘉アジャは李太皇太后のことを「姐姐ジェジェ」と呼ぶ。まるで年の離れた姉弟のようだった。

「お前のお父様は、今からご用事があるのだ。しばし、私と一緒に遊ぼうな」

 李太皇太后の言葉に、きょとんとした顔をする阿嘉アジャ。そして、

「……やだ!」

 と、力強く抵抗するのだった。


 ■


「いやだー! みんなであそぶのー!!」と金切り声で抵抗するわが子をなんとか振り切り、僕は藍大将軍のもとへ向かう。「うらぎりものぉぉぉ!」と幼児らしからぬことを叫ぶわが子と、「行け! ここは私が食い止める! 私の屍を超えていけ!!」 と、太皇太后らしからぬ台詞を放った二人が頭の中に浮かぶ。すまんわが子よ、そして李太皇太后。


 へやには、先に藍大将軍が座って待っていた。僕の気配に気づき、立ち上がって拱手する。

 背景さえ無視すればまるで二年前の再現だが、藍大将軍の身体はこの二年で随分老いたように思う。


「李太皇太后からお話を伺いました。いかがされましたか?」


 いくら孫だからって、使い走りのように李太皇太后を伝言係に使うだろうか。

 僕が立たずを飲みつつ待っていると、最近、と藍大将軍が切り出した。


「……陛下に、何か身体の異変はございませんでしたかな?」

美雨メイユーに……? いえ」


 強いて言うなら、過労で精神が困憊しているが。体調的には至って健康だ。


美雨メイユーは昔から身体が丈夫な方ですから、ほかの者が流行病にかかっても、美雨メイユーだけは元気なままであることが多々ありましたが」

「……そうですか」

 なんで僕に聞くんだろう。官医に聞けばいいのに。

「いえ、ご健勝であられるならよいのです。ところで、陛下は今年で二十歳でしたな」

「あ、はい」

 阿嘉アジャと同じぐらい話が飛ぶな、などと思っていた僕は、

「本題の話というのは、実は――」


 藍大将軍の『本題』に、思わず叫びそうになった。

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