第十二話 即位式〜そして伝説は幕を開ける〜

 美雨メイユーは、大きな礼冠を被っていた。

 上部に乗せられた天板からは、五色の宝玉が連なった糸が、雨のように垂れ下がる。黒地に金の刺繍と垂れた赤紐が、よく映えた。

 まさか冕冠べんかんをまじまじと見る日が来るなんて、思いもしなかった。金の玉簪で固定しているが、今にも頭から落ちそうに見える。


 冕冠と同じ色合いをした冕服べんぷくの袖には、金の龍が泳ぐ刺繍が施されていた。他にも肩には太陽と月、星辰が、袖口には山と藻草が、袂には飛び立とうとする鳳凰が対になっている。赤いひざかけには、炎と斧、実った稲、祭祀に使う盃と、「亞」という漢字の象形文字が施されていた。――亞という字は、建物の土台、もしくは皇帝の墓の土台を表した漢字らしい。

 この世を表す冕服べんぷくの刺繍は、美雨メイユーに重くのしかかるようだった。


 それ以上に、多くの官吏たちから一身に受ける視線の方が重いかもしれないが。

 

「余は民間育ちである。宮廷のことは何もわからぬ。政も同様だ。

 よって、まつりごとは先帝に倣い、藍大司馬大将軍に一任する」


 今、彼女は皇帝を『演じている』と思った。

 本来の彼女なら耐えきれない。だが、演じる時、彼女は全くの別人へと変わる。『卓上話演ジョーシャンファーユェン』では、狂人玩ルーニープレイこそ好んでいたが、その根底は徹底した演技玩ロールプレイだった。

 藍大将軍を見る。彼は表情を崩さなかったが、その瞳には動揺の色が見えた。


 いくら練習を積んだとはいえ、付け焼き刃だと思っていたのだろう。――最初から美雨メイユーを甘く見ていたのだろうな。

卓上話演ジョーシャンファーユェン』の記録を、本人の活躍だと勘違いした、なんて世迷言に騙されるほど、僕たちはバカじゃない。

 彼が塩邑王より美雨メイユーを選んだのは、藍大将軍の地位を排除するような権力を持っていないからだ。

 塩邑王は豪族派だ。しかも、自分に付き添う部下たちを引き連れて河安にやって来た。――恐らく、塩邑王は藍大将軍を排除しようとして、返り討ちにあったのだ。ただ酒癖や女癖が悪いだとかだけで、引き下ろすわけが無い。

 彼らが欲しいのは、傀儡の皇帝なのだから。それがわかっているから、美雨メイユーも政を藍大将軍に一任すると言ったのだ。


 だが。その女は、思い通りには動かせない。

 あんたたちは無学な女だと勘違いしているが、全くそうじゃない。今にきっと、それを思い知るだろう。

 美雨メイユーも殺させはしないし、僕も阿嘉アジャも殺されない。毒殺なんてされるものか。あんたたちの都合で引き離されてなるものか。

 僕は、彼女のそばにいると誓ったのだ。



「それから。皆が知るとおり、余には既に夫がいる。余はそのもの以外に、夫を持つ気は無い」



 ざわ、と官吏たちがざわめく。

 藍大将軍が、「何を仰るのです」と小声で言った。だが、美雨メイユーは気にすることなく続ける。


「そなたたちの動揺はもっともだ。よって、余は、そなたたちに遊戯ゲームを持ちかけようと思う」

「げ、遊戯ゲーム?」


 美雨メイユーは袖口からあるものを取り出す。それは――






 紙牌カードデッキだった。





「余に勝った者のみと婚姻を結ぶことを、ここに宣言する!!

 紙牌カード決闘デュエルだぁぁ!」


 

 しーん、と、その場が静まり返った。




「……なあ、紙牌カードってなんだ?」

「……庶民時代、美雨メイユーが考案した遊戯。説明すると難しいんだが、それぞれ役割が決まった駒があると考えてくれ」


 純粋に質問してくる叔英シューインに、僕はとりあえず答える。

 いや、だって、そう来る? 流石の僕も想像つかなかったんだけども。




 こうして、前代未聞の即位式は終わりを告げ、二年の時が過ぎるのだった。

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