第十一話 仙人のような人間
確かに、皇帝の婚姻は、他家との繋がりを強めるためにある。男帝は沢山の妃を娶ることで、権力の地盤を固めていくのだ。
だが藍大将軍の本命は、自分の一族と
一応、
だが、それは貴人たちの理屈で、僕らが育った場所は違う。僕にとって
けれど、僕らには真っ向に反抗する力がない。
ふざけるな、と思った。――何が、「天子を奉る」だ。人を人として見てないくせに。
「でも、繋がりはいくらでも持って置いた方がいいぜ」
「年齢を考えると、いつ藍大将軍がいなくなるかわからない。そう考えると、味方は沢山いた方がいい。いつ一人ぼっちになるかわからないし、そうなってからじゃ助けて貰えなくなることもある」
そう言って、
「すまんな、帝に説教じみたことを言っちまった。許してくれ」
頭を下げる
「ううん。……李太皇太后も、似たような口振りで喋ってたな、って思い出しただけ」
そうするわ、と
言葉は、言葉だけでは力を伴わない。それを言った人間の歴史が、重みを持たせる。李太皇太后も、
美雨に向かって、ニカ、と
「ま、今は即位式の事を考えた方がいいと思うぜ。目の前のことからさ!」
「う、そうよね……。作法とか口上とか祝詞とか、頭から吹っ飛ばなければいいけど……」
「そうだ。相手さんと関係を結びたくなかったら、勝負を吹っ掛けたらどうだ?」
「勝負?」
「あるいは、無理難題を吹っ掛けるとか。ほら、昔話の姫さんが、求婚者に伝説の品々を持ってくるように言う話、あるだろ?」
「ああー……あ」
そこで何かを思いついたのか、
「ありがとう、
「お、そりゃよかった」
「そろそろ作法の時間だから、失礼するわね。
そう言って、
「……俺、碁とかはあんまり得意じゃないんだけど」
「多分違うと思う」
さて、何思いついたのかな。うちの妻は。
多分、お偉いさんの頭がぶっ飛ぶようなことだと思うけど。ぜひぶっ飛ばして欲しい。
「けどいいな」
「何が?」
「あー……こう言うと、よく怒られるんだけど。男が女を囲う、って感じがしないのが、いいなって」
「そう? 庶民の夫婦って、こんな感じだと想うけど」
囲えるほどの財力がないしね。
けれど、
「庶民でも、酷い時は毎日のように男が女を殴ってる。女から離婚することはできないし、娘は父親のものだと考えている。嫁に出す決定権は父親にあるしな」
「……それは、そうだな」
この国は父親が絶対的な権力を持つ。妻や母親の家の存在が出世に関わったりするが、それは母親ではなく母親の家、つまり父親の存在だ。
それを考えると、確かに我が家はかなり違うだろうな。何せ妻が皇帝になっちゃったし。
「軍にいるとさ、どの娘がかわいい、とか話が上がるんだ。猥談もしょっちゅう」
身に覚えがあった。僕の職場もそうだったし。
男同士が集まるなら多少は仕方がないと思いつつ、男であるはずの僕は好きにはなれなかったけれど。
「けど、その多くは自分の良いと思う女じゃなくて、自分が尊敬する男が『良い女』と認めた女なんだ」
その言葉に、僕は驚いた。
「男から認められた女をモノ扱いして、初めて一人前の男として、男に認められる。男が女に手を出すのは、女が好きだからじゃないんだ。自分より上の男に認められたいんだ。だからどんどん、危険なことをして証明したがる」
本当は耐えられないのに、と
「軍人として戦死するのは誉、なんて本気で思う奴なんてわずかだぜ。怖くて仕方ないから、自分より弱いやつを探してそいつを試す。その繰り返しだ」
それは、どこかで感じていた違和感であり、けれど、言葉にできなくて、見ないふりをしていたことだった。
認めればそれは、――社会の落伍者だと認めることに繋がるからだ。
「なんか、仙人みたいだな。あんた」
自分のいる社会を、そんなふうに遠いところから見れるなんて。普通は、そんなに冷徹には見られない。今与えられた環境に多少盲目的にならなければ、生きていけないからだ。
そうかもな、と
「母が俺を産む前に、仙人の夢を見たそうだ。俺は仙人から頑丈な身体を貰ったらしい。多少の傷はすぐ治るし、毒も大概は平気だ」
だから、と
「俺は男としてもだけじゃなく、人間としてもおかしいんだろうな。変なことばかり考えちまう」
今言ったことは忘れてくれ、と続ける
「そんなことは無いよ」
僕はきっぱりと答えた。
「養母も同じことを言っていたからな」
「あんたの母上も?」
「ああ。だから吃驚した。うちの養母と同じことを考える人がいるんだなって」
もしかしたら、僕と
それでも、
「多分、僕はあんたの考えていることを全て理解はしていない。けど、あんたの考えが、遠い未来で当たり前になるだろう、っていうのはわかる」
「遠い未来……?」
「ああ。あんたの考えは先進的なんだ。周りが理解するには、ものすごく時間がかかるだけさ」
暫く彼は黙っていたが、
「……そっか。俺、変じゃないんだな」
へへ、と照れくさそうに笑った。
「先進的か! 俺、バカだっていっつも言われてるから、新鮮だな!」
「頭の良い奴ほど、自分のことをバカだと本気で思ってるんだよなあ」
うちの妻含めて。
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