第十一話 仙人のような人間

 確かに、皇帝の婚姻は、他家との繋がりを強めるためにある。男帝は沢山の妃を娶ることで、権力の地盤を固めていくのだ。

 だが藍大将軍の本命は、自分の一族と美雨メイユーとの間に公子をもうけたいのだろう。ほかの貴族も呼ぶのは、表立ってそう思わさせたくないからだ。

 一応、美雨メイユーが条件に出した、「僕と阿嘉アジャを城に連れていくこと」を守る気はあるらしい。だからこそ、二番目、三番目ならいいだろう、という考えなのだろう。

 だが、それは貴人たちの理屈で、僕らが育った場所は違う。僕にとって美雨メイユーの代わりはいないし、二番目も三番目も存在しない。彼女もそうだから、嫌だと言っている。

 けれど、僕らには真っ向に反抗する力がない。

 ふざけるな、と思った。――何が、「天子を奉る」だ。人を人として見てないくせに。




「でも、繋がりはいくらでも持って置いた方がいいぜ」


 叔英シューインが言った。


「年齢を考えると、いつ藍大将軍がいなくなるかわからない。そう考えると、味方は沢山いた方がいい。いつ一人ぼっちになるかわからないし、そうなってからじゃ助けて貰えなくなることもある」


 そう言って、叔英シューインは苦笑いした。

「すまんな、帝に説教じみたことを言っちまった。許してくれ」

 頭を下げる叔英シューインに、くす、と美雨メイユーは笑った。

「ううん。……李太皇太后も、似たような口振りで喋ってたな、って思い出しただけ」

 そうするわ、と美雨メイユーは言った。

 言葉は、言葉だけでは力を伴わない。それを言った人間の歴史が、重みを持たせる。李太皇太后も、叔英シューインも、どちらも体験した上の言葉だ。

 美雨メイユーは、それを感じ取ったからこそ、素直に受け取ったのだろう。


 美雨に向かって、ニカ、と叔英シューインが笑う。


「ま、今は即位式の事を考えた方がいいと思うぜ。目の前のことからさ!」

「う、そうよね……。作法とか口上とか祝詞とか、頭から吹っ飛ばなければいいけど……」


 美雨メイユーはここ連日、礼儀作法などに追われ、休みなく過ごしている。伴侶である僕もそれなりにしなければならないが、主役である美雨メイユーはその比ではなかった。


「そうだ。相手さんと関係を結びたくなかったら、勝負を吹っ掛けたらどうだ?」

「勝負?」

「あるいは、無理難題を吹っ掛けるとか。ほら、昔話の姫さんが、求婚者に伝説の品々を持ってくるように言う話、あるだろ?」

「ああー……あ」


 そこで何かを思いついたのか、美雨メイユーの顔が明るくなった。


「ありがとう、叔英シューインくん。いいこと思いついたわ」

「お、そりゃよかった」

「そろそろ作法の時間だから、失礼するわね。叔英シューインくん、今度一緒に遊戯ゲームしましょう」

 そう言って、美雨メイユーへやを後にした。


「……俺、碁とかはあんまり得意じゃないんだけど」

「多分違うと思う」


 さて、何思いついたのかな。うちの妻は。

 多分、お偉いさんの頭がぶっ飛ぶようなことだと思うけど。ぜひぶっ飛ばして欲しい。


「けどいいな」

「何が?」

「あー……こう言うと、よく怒られるんだけど。男が女を囲う、って感じがしないのが、いいなって」

「そう? 庶民の夫婦って、こんな感じだと想うけど」


 囲えるほどの財力がないしね。

 けれど、叔英シューインは頭を振った。


「庶民でも、酷い時は毎日のように男が女を殴ってる。女から離婚することはできないし、娘は父親のものだと考えている。嫁に出す決定権は父親にあるしな」

「……それは、そうだな」


 この国は父親が絶対的な権力を持つ。妻や母親の家の存在が出世に関わったりするが、それは母親ではなく母親の家、つまり父親の存在だ。

 それを考えると、確かに我が家はかなり違うだろうな。何せ妻が皇帝になっちゃったし。


「軍にいるとさ、どの娘がかわいい、とか話が上がるんだ。猥談もしょっちゅう」

 身に覚えがあった。僕の職場もそうだったし。

 男同士が集まるなら多少は仕方がないと思いつつ、男であるはずの僕は好きにはなれなかったけれど。

 

「けど、その多くは自分の良いと思う女じゃなくて、自分が尊敬する男が『良い女』と認めた女なんだ」


 その言葉に、僕は驚いた。


「男から認められた女をモノ扱いして、初めて一人前の男として、男に認められる。男が女に手を出すのは、女が好きだからじゃないんだ。自分より上の男に認められたいんだ。だからどんどん、危険なことをして証明したがる」


 本当は耐えられないのに、と叔英シューインは言う。


「軍人として戦死するのは誉、なんて本気で思う奴なんてわずかだぜ。怖くて仕方ないから、自分より弱いやつを探してそいつを試す。その繰り返しだ」


 それは、どこかで感じていた違和感であり、けれど、言葉にできなくて、見ないふりをしていたことだった。

 認めればそれは、――社会の落伍者だと認めることに繋がるからだ。


「なんか、仙人みたいだな。あんた」


 自分のいる社会を、そんなふうに遠いところから見れるなんて。普通は、そんなに冷徹には見られない。今与えられた環境に多少盲目的にならなければ、生きていけないからだ。

 そうかもな、と叔英シューインは笑った。

「母が俺を産む前に、仙人の夢を見たそうだ。俺は仙人から頑丈な身体を貰ったらしい。多少の傷はすぐ治るし、毒も大概は平気だ」

 だから、と叔英シューインは言った。


「俺は男としてもだけじゃなく、人間としてもおかしいんだろうな。変なことばかり考えちまう」


 今言ったことは忘れてくれ、と続ける叔英シューインに、


「そんなことは無いよ」


 僕はきっぱりと答えた。

「養母も同じことを言っていたからな」

「あんたの母上も?」

「ああ。だから吃驚した。うちの養母と同じことを考える人がいるんだなって」

 もしかしたら、僕と美雨メイユーの関係が違うように見えるのは、美雨メイユーが皇帝になっただけじゃなくて、育った環境もあるのだろう。

 それでも、叔英シューインのように考えたことは一度もなかった。

「多分、僕はあんたの考えていることを全て理解はしていない。けど、あんたの考えが、遠い未来で当たり前になるだろう、っていうのはわかる」

「遠い未来……?」

「ああ。あんたの考えは先進的なんだ。周りが理解するには、ものすごく時間がかかるだけさ」


 暫く彼は黙っていたが、


「……そっか。俺、変じゃないんだな」


 へへ、と照れくさそうに笑った。

「先進的か! 俺、バカだっていっつも言われてるから、新鮮だな!」

「頭の良い奴ほど、自分のことをバカだと本気で思ってるんだよなあ」

 うちの妻含めて。

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