新天地は遊戯とともに

第七話 僕らより年下の太皇太后

 この国の服は、左のおくみを右の上に重ねる着方をする。

 衽にも二通りあり、真っ直ぐな直裾ちょくきょと曲がっている曲裾きょくきょがあり、今美雨メイユーが着ている緑の深衣は後者だった。その下から透き通りそうな程薄い桃色の裙子スカートが、ふわりと広がっている。

 まるで八重咲きの百合のようだった。

「どう?」

 くるり、と美雨メイユーが回る。しゃん、と、髪に刺した簪が涼し気な音を立てた。髪型は庶民時代の時と変わらず、上部だけ結って後は下ろしている。

 目尻には華やかな紅がさしてあり、大人びた印象がある。けれど、悪戯っぽく笑う美雨メイユーは、どんな化粧をしても美雨メイユーだな、と思った。


「似合っているよ」

 

 嘘交じりもなく素直な感想を僕が言うと、何故か美雨メイユーは頬を膨らませた。

「照れが足りない。やり直し」

「ええ……」

「もっとこう、あるでしょう。『可愛すぎて直視できない』とか、『あー……うん、似合ってるんじゃないか?』って言って一人でいる時に真っ赤になるとか!」

「後者は君確認できないと思うけどいいのか?」

 一人で顔を赤くするとか、何その変態。

 しかし僕も『卓上話演ジョーシャンファーユェン』でそれなりの戦績を誇った玩家プレイヤー。しかも狂人玩ルーニープレイばかりする美雨メイユーとは違い、僕は角色キャラクターに合わせた演技玩ロールプレイで名を馳せた男!

 その名にかけて、演じて見せよう!

 精一杯の笑みを浮かべて、僕は言った。



「あんまりにも綺麗で、言葉を失った」



 すごい顔をされた。

「……やっぱりいいわ。なんか、嘘くさい」

「ええ……」


 爽やかに称賛する伊達男を演じたつもりだったんだけどなあ。


「いいわ。掛け値なしのさっきの言葉の方が嬉しいもの。早く行きましょう」


 李太皇太后が待ってるわ、と美雨メイユーが先に進む。

 その後ろ姿を見て、僕は何となく聞いてみた。


「髪型、あんまり変わってないよな。庶民の時と」

「ああ、普通はもっと盛るみたいだけど。かつらとか使って。でも重いし、私は可愛くないと思うのよ」

 女官たちの髪型の方が可愛いわ、と美雨メイユーは言う。

「それに、その髪型じゃ、埋もれちゃうしね」

「埋もれる? ……あ」


 今、気づいた。

 結った根元には、豪華な房飾りの簪の中に、質素な玉の簪があった。それは僕が、彼女の成人祝いに贈ったものだ。

 女は成人の証としてあざなと簪を贈られる。美雨メイユーという名は養母ははが、簪は僕が贈った。


 美雨メイユーが振り向く。

「私ね。これが一番可愛いと思うの。」

 そして、満面の笑みで言った。


「だってあなたが最初に結ってくれた髪型だもの!」


 さ、早く行くわよー、と、鼻歌交じりに彼女が進む。

 数拍おいて後、僕は硬直した身体を動かすことができた。――ただし、血も全身をめぐって、顔どころじゃなく身体まで真っ赤になったけど。

「何してるのー?」

 見えないところから、美雨メイユーの声がする。ちょっと待って、と、蚊の鳴くような声でしか返せなかった。


 一人で赤くなるとか、僕は変態か。



 ■



 後宮には、亡き昌帝の皇后――李太皇太后たいこうたいごうがいる。

 藍大将軍の孫である彼女は、僕や美雨メイユーより若い、十三の少女だった。美雨メイユーと同じような化粧をしているにも関わらず、素朴さが抜けない美雨メイユーと違い、李太皇太后たいこうたいごうの顔立ちは怜悧な美しさを放っていた。

 若いと言うより、幼い、と言った方がしっくり来る李太皇太后は、じっと僕らを見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る