第六話 君のそばにいる。

「ただ、専売制を廃止にすれば、今度は外戚たちも塩を売り出すことを考えるでしょう。特に、藍大将軍が侯として封じられた山河は、塩湖があるし」

 山河は、都である河安の東側に隣接した地方だ。その名の通り、山が大河のように連なっていることから名付けられた。


「今でさえ、河安ここでは圧倒的に山河の塩が占めているのよ。専売制を廃止すれば、河安の人々は山河近場の塩を買い求める。わざわざ遠い塩邑から運ばれた塩に縋り付くなんてことはしない。

 そうなれば、権力は間違いなく藍大将軍率いる外戚に傾く。そうならないために、豪族たちは躍起でしょうね。ひょっとしたら……」


 そこで、美雨メイユーは口をつぐむ。

 彼女が考えていることは、僕にも想像ができた。

 亡き昌帝は、藍大将軍率いる外戚の権力によって擁立された皇帝だった。そして今の皇帝は、豪族たちの権力により押し上げられた。


 昌帝は、果たして本当に病死だったのか――――?


 ……僕らの生活にも、死は身近だった。

 実母も早くに亡くなり、兄弟も四人のうち二人は死んでいる。従妹の花鈴ファーリンだって、両親がいないから僕の家に身を寄せていた。

 けれど、こんな悪意はなかった。


「あのね。私ね、本当に嬉しかったの。あなたと結婚できたの」


 唐突に、美雨メイユーが言った。


「家族が欲しかった。だから今、すごく幸せで、本当に手放したくなかったの。……あなたの仕事を奪うことも、生まれた時からの繋がりも、殺されるかもしれないってことも、わかってたのに、手放したくなかったの」


 ごめんなさい。

 私、奪ってばっかり。

 僕の裾を掴む力が伝わる。これも彼女の昔からの癖だった。

 人見知りはしないのに、嫌われたらどうしよう、とすぐに不安になる。寂しがり屋ですぐ人にべったりするくせに、肝心の手を取るのが下手。

 それは彼女の過酷な子ども時代が影響しているだろう。親類は全て根絶やしにされ、獄中から放り出された後は無償の愛を注いでくれる存在がおらず、労働の取引でしか場所を与えられなかった。養母が家に連れてくるまで。

 そんな彼女に、全てを奪った皇帝になれ、なんて。

 あんまりだ。理不尽にもほどがある。今は気丈でも、これから何度も心や身体が捻れるほどの痛みを伴うだろう。


 僕はゆっくりと、彼女の指を解く。そして、代わりに指をからませた。

 少し冷たくなった彼女の指を温めるように、僕は指の股を優しくさする。


「……生憎、僕の家は下級役人の出でね。仕事は多いのに、縁故コネも禄もないんだ」


 僕の言葉に、美雨メイユーが顔を上げる。

「本来なら皇帝の伴侶っていうのは権力で支えるんだろうけど、そんなのは全くない」

 これからの僕は間違いなく無力で、僅かでも今まで築き上げてきたものを捨てないといけなくて、下手をしたら、何もかも失うかもしれない。自分の命も、阿嘉アジャも、彼女も。


「だけど、約束するよ。――僕は、君のそばにいる」


 もう片方の手で、そっと、彼女の頬に手を添える。

 彼女が目を閉じた。僕はそのまま、彼女の顔に近づく。

 そうして、唇が触れる寸前で――


「あっ」


 美雨メイユーがパチリと目を開いた。


「ねえ、皇帝には、後宮があるわよね? 私女だけど、どうすればいいのかしら……」

「それ今聞くことか? この状態で聞くことか???」

「だ、大事なことよ! 先帝の皇后はご健在だし、女官たちもいるから、下手したら大量解雇になりかねないし! っていうか、あなたは立ち位置的にどこになるの!? もしかして私も、他の皇帝が沢山の妃を娶っていたように、あなた以外の男とも結婚しないといけないのか、むぐぅ!?」


 僕は無言で唇を押し付けた。

 閨で他に男の話するなよ、ばか。

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