第五話 来ちゃいました宮殿に

 ■


「来ちゃったな」

「なっちゃたわよ、皇帝にー……」


 いや、まだ即位式してない。まあほぼ確定なわけだけど。

 ぐでー、と、とこに寝転ぶ美雨メイユー。僕はとこに腰掛けていた。

 ため息が出るほど豪華なへやだ。煌びやかすぎて、眠れるかどうか不安だ。天蓋付きの架子床ベッドだぞ。僕が使っていた羅漢床ベッドは、三方背もたれが覆われた硬いやつだ。それの三倍はある。

 細かい木彫りは灯を反射して、まるで発光しているように見えた。あー、多那如多ドナルド元気かなー、花鈴ファーリンに任せたけど、など、いつもは絶対にない相手に思いを馳せる。


「ほら見てよあれー……青磁の壺よー……」

「具体的に高価なものを口に出さないでくれ。心折れそう」


 ようやく無茶苦茶高価な服を脱いで気楽になったばかりなのに。

 

「あー承諾しちゃったわよ今更後悔よお腹痛くなりそー……」

「その、初めは無鉄砲に突っ込むくせに、後から臆病になる癖、本当に変わってないよな」

 僕の言葉に、美雨メイユーは硬い声で言った。


「……ごめんね、ハオ


 突然零れた謝罪に、僕は美雨メイユーを見つめる。

「あなたと阿嘉アジャを、巻き込んでしまった」


 美雨メイユーが出した条件は二つ。一つは、僕と阿嘉アジャを城に連れていくことだった。

 藍大将軍は少し困った顔をしていたが、美雨メイユーの条件を飲んだ。


「君の無鉄砲さに付き合うのは、今更さ。でも、ひとつ聞いてもいいか?」

「何?」

「――なんで、皇帝になったんだ?」


 拒否権はなかっただろうが、それでも美雨メイユーが受け入れたことが、僕は不思議だった。

 少し間を開けて、美雨メイユーは言った。


「だって私、何も出来ないじゃない」

「?」

「料理もダメ、掃除も下手、機織りは蚕どころか毛虫以下。子育てだって、花鈴ファーリンに手伝ってもらえなきゃ、散々だったわよ。寝不足でどれだけキレそうになったか」

 今は乳母にとられちゃってるけど。手を宙に上げて言う美雨メイユーは、どこか寂しげだった。

「小さい頃は、散々周りに怒られたわ。なんで普通にできないんだって。誰にもできるはずのことができないのはなんでだって。

 ……私に出来ない理由がわかってたら、とっくに出来てたわよ」


 ハア、と美雨メイユーはため息をつく。


「そんな私しか、皇帝になれないって言うなら、なるしかないじゃない」

「自分がしたくないことでも?」

「いくら堪え性のない私でも、こらえる時はこらえるわよ。だから頑張って阿嘉アジャを産んだでしょ」

 ならなんとかなるわよ、と体を起こしながら美雨メイユーは笑う。


「それに、この国が本当にやばいってことは、私もわかってる。

 大将軍の一存でなんの権力を持たない私が据えられるほど、皇帝の力が弱まっているんだわ。それはつまり、いつ中央にいる貴族や地方豪族たちの覇権争いになってもおかしくない、ってことよね」


 美雨メイユーの言葉に、僕は頷く。

 朝廷の権力は、もはや、中央に住む有力な豪族――これを貴族と区別するが――と、皇后などの親戚筋にあたる外戚で固められている。皇帝に権力はほとんどないと見ていいだろう。

 その際たるものが、塩の密売だ。


「塩は貨幣と同等、ううん、それ以上だわ。しかも作物と違って、元手無しで手に入れることができるもの。金の成る木を手に入れたのも同然。

 いくら遠いところから抑えようとしても、豪族たちが太守とグルなら手出しはできない。しかも朝廷の半分の権力は、その親類である貴族たちに握られている。

 その貴族たちを排除しようと、もう半分の権力を握る外戚たちが、専売制をやめることを提案している。表向きは『貧困に苦しむ民のため』と言ってね」

 つまり藍大将軍は、専売制廃止派なのだ。

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