第三話 名君の血を引く僕の妻

 昔、孝武帝という黄河国始まって以来の名君が現れた。主に軍事に秀でており、北部にいる異民族と、皇帝を軽んじていた地方豪族たちをあっという間に制圧し、中央政権化をはかったのだ。

 孝武帝は多くの政策を打ち出した。専売制だけでなく、地方の優秀な人材を官吏に取り込む郷挙里選も行った。外征や土木工事も数多く行ったことでも有名だ。それにより、困窮していた農民たちは職にありつくことが出来た。

 だが、晩年になり、孝武帝は狂い始めた。不老不死を求め、妖術に溺れ、猜疑心が強くなったのだ。


 結果、孝武帝は、実の息子である皇太子一家を処刑することになる。


 皇太子の罪状は、孝武帝への呪殺。皇太子は無実を主張したが、孝武帝には聞き入れられず、反乱を起こさずを得なかった。

 制圧された皇太子一家は、無実が証明される前に、まだ五歳にもならない曾孫でさえことごとく処刑されたが――唯一、赤ん坊であった曾孫だけは獄中で生き残った。

 そして、皇太子たちを処刑してしまった孝武帝は、後悔の末逝去。その曾孫は無罪とされたが、庶民として生きることになる。


 その生き残った曾孫が、僕の妻、美雨メイユーだった。






 ……初耳だった。僕夫なのに。

 だが、隣の妻は、ぽかんと口を開け、まるで多那如多ドナルドのような顔をしていた。どうやら彼女も知らなかったらしい。本人なのに。

 まあ気持ちは分かる。驚きすぎて、僕も正直理解していない。


「殿下。先帝に仕えた身として、殿下が受けた仕打ちを防げなかったことは、恥ずべきことでした。償っても償いきれませぬ。

 しかし、恥を忍んで、殿下にお頼み申します。どうか――」

「ま、まま待って? 本当にお待ちくださいませ?」


 頭を抱えて、美雨メイユーが遮る。


「ええと……失礼ですが、お間違いだったりしないでございましょうか?」

「獄吏の者から直接問いただしましたので、間違いないかと。……その赤ん坊は、孝武帝陛下と同じ、金の髪に、鳶色の瞳をした女児だったと」

 美雨メイユーのめちゃくちゃな敬語の使い方に、眉ひとつ動かす返す藍大将軍。

「美雨殿下。殿下は間違いなく、陛下の血を誰よりも強く引いております。殿下の面差しは、若かりし陛下のものと瓜二つです」

「え、え~……」

 心外だ、と言わんばかりの顔で言う美雨メイユー。それが男の顔のようだと言われたことからなのか、それとも自分の家族を殺した男と同じ顔だと言われたからなのか。いずれにしても態度は不敬そのものだが、藍大将軍の言葉が真実なら、一番偉いのは美雨メイユーだ。

 ごほん、と美雨メイユーは咳払いした。


「話をさえぎってしまい、申し訳ございません。それで」


 そこで美雨メイユーは言葉を切った。なんて言葉を続ければよいのかわからなかったのだろう。ちらっと美雨メイユーが僕を見たが、僕も何と続ければいいのかわからなかった。嫌な予感しかしない。

 重々しく、ゆっくりと、藍大将軍は言った。


「どうか殿下には、帝位に就いていただきたい」

「……は」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 今度は僕が遮る番だった。

 目上の、それも貴人に対して不敬そのものだが、藍大将軍は不愉快さを滲ませることなく、僕の方を見る。

 

「き、今上陛下は? 昌帝の甥にあたる、塩邑王が今の皇帝でしょう!?」

「今上陛下に、天子としての器はございません」


 ハッキリと、藍大将軍は言った。


「ですので、皇帝から降りていただく」


 僕は唾を飲み込む。

 皇帝は、天によって選ばれた存在だと考えられている。だから、「天子」と呼ばれるのだ。

 だが、「天子」の資格がなくなった皇帝は、天から見捨てられ、徳の高い者が新たな「皇帝」がつくとされる。これを「革命」と呼ぶ。

 多くの暗君は、そうやって斃された。……藍大将軍は、今の皇帝を倒す、と言ったのだ。


「で、でも私は、普通の、庶民として育てられた女です! 礼儀作法もなっちゃいないし、歴代の皇帝のように剣の腕っ節があるわけでもないんですよ!?」

「ご謙遜を。殿下のご活躍は伺いました」

「か、活躍?」

 戸惑う僕らに、はい、と藍大将軍は言った。



「なんでも、『秘境の村に潜む宗教団体によって召喚した邪神を倒した』とか、

『地下牢に潜む魔物を倒して、秘宝を手に入れた』とか、

『仙術を用いて、未曾有の自然災害や反乱を引き起こすのを未然に防いだ』とか」



 次々と聞き覚えのある『活躍』に、僕と美雨メイユーは顔を見合せ、そして叫んだ。



「それは遊戯ゲームの話です――!!」

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