第二話 偉い人がやって来た
「仕方ないじゃないの。ようやく物価が少し安くなったんだから。今のうちに買える分は買っておかなきゃ」
ねー、と
「……前から思ってたんだけど、何、その名前」
「えー、なんかそんな感じがしない?」
「どっちかというと、その名前はアヒル……いや、やめとく。消されそう」
何が? と
以前怪我をして我が家に入り込んできた雄鶏は、すっかり
……いや、コイツ本当に雄鶏なのか? ニワトリってサイズどころか僕よりも背丈があるし(どれほど屈強な男でも、このトリを超えているのを見たことがない。絶対六尺はあるぞ)、ニワトリの要素は頭だけで、尾は魚みたいにヒラヒラしてるし、何より羽の色が
「それに
その言葉に、僕はうっ、と唸る。
下級役人は庶民とは違う。それを示すために、すくなくとも資産が四万銭なければ務まらないとされる。
これは庶民が何もしなくても三年ほど暮らせるのだが、月に貰える禄は微々たるもので、実質庶民が貰える禄と変わらない。そのため下級役人の殆どは、副業をしたり、時には賭博で稼ぐものもいる。
僕は賭博は好きでは無いが、力仕事も向いていないため、もっぱら
「……いや、闘鶏は別にいいんだよ。僕好きじゃないけど。それより、
「
「
「
僕らの子どもである
ハアハア、と息を荒らげて、
「い、今! 宮廷から!」
「宮廷?」
「た、大将軍さまがぁぁ!!」
ピキリ。
固まったのは、僕だけじゃない。
たっぷり間を空けたのち、
「……ねえ。大将軍さまって、
「そうですよぉ! あの、天子さまに最も近くてめっちゃ偉い大司馬大将軍さま、
天子さまとは、つまり皇帝だ。
皇帝に一番近い大司馬大将軍の、
「「どぅ、どぅぇぇ!!!?」」
偉い人が我が家にやってきたァ――!?
■
黄河国は、大司馬・大司徒・大司空の三公が政を取り仕切っている。
その中で大司馬は主に軍事を仕切っており、大将軍は大司馬と兼ねることが多いが、この大将軍にはもう一つ意味がある。
それは、外戚勢力の長としての役割だ。
昌帝の皇后は
この国の実質的な支配者は皇帝ではなく、この藍大将軍だと言っていいだろう。そんな人がどうして我が家に。
我が家の客間に座っていた男は、僕らが帰ってきたことに気づくと、さっと立ち上がった。とても八十ちかくの老人とは思えないほど、美しい立ち姿だった。
床に着くほど長い丈の長袍が、彼が高貴な人間であることを示している。――初めて間近に見た藍大将軍は、とても優しそうな顔をしていた。
名君であった孝武帝の時代から名将軍として名高い方だから、もっと怖い人だと思っていた。刻まれた目尻の皺が、目を細めることで、藍大将軍の雰囲気を柔らかくしている。
だが、僕らはただの下級役人とその家族。少しでも失礼がないように、拱手をして膝をつき、頭を下げよう――として、
先に、藍大将軍が頭を下げた。
それも、叩頭だ。
最上級の礼である叩頭は、頭を地につける。皇帝に対して行うものだ。
呆然となる僕らに対し、藍大将軍はこう言った。
「その髪、その瞳……陛下と瓜二つの面差し……お目どおりが叶い、光栄でございます。
「…………は?」
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