僕の妻が皇帝になりました。

第一話 これが僕の妻です。

 市場に塩が並ぶ。触ると、相変わらず品質が悪い。だが、少しだけ値下げされたのだと、商人は言った。


「ですが新しい皇帝は、すぐに値上げするでしょうな」

「そうか……」


 ありがとう、と商人につげて、僕は城内の市場を歩く。

 ここ、黄河国の都である河安は、この国を横断する大河・龍河の中央に位置し、西域にある異国へ繋がる門でもある。そのため、道行く人の中には、鼻の高い人、髪が蜂蜜や夕陽のような色をした人、目が青い人、肌が白い人――異国の人々だと明らかに分かる風貌の人達も普通に歩いている。この光景が、僕は割と好きだった。




 若き皇帝が崩御され、新しい皇帝が即位したと聞いたのは、雨季が始まったばかりの頃だ。

 先帝の昌帝は、まだ二十歳になったばかりだった。今の皇帝は、その昌帝にあたる甥の塩邑王になる。

 塩邑は、ここから東にある海岸地方だ。大河の河口に位置し、港町として盛んな場所である。

 だが、その塩邑王には、あまりいい話を聞かない。

 女癖が悪いとか、贅沢三昧だとか、そういう噂もあるが、一番黒い噂は、専売制の一つである塩を溜め込んでいる事だった。

 専売制は、黄河国始まって以来の名君と呼ばれた孝武帝から始まった制度だ。孝武帝は逼迫した財政を再建するため、鉄や塩を独占的に買い取り、市場に流した。

 しかし、私的販売は禁じられ、その分庶民に重い負荷がかかることになり、その後の国力の衰弱化の要因となる。

 わずか八歳で即位した昌帝は、弱りきっていた国力の回復に専念しており、特に、塩と鉄の専売制の廃止に取り組んでいた。

 その政策が行われる前の、逝去。


 塩の殆どは、一部を除いて、海岸地方でしかとれない。つまりその地方に、集中的に富が集まる。

 塩は貴賎関係なく、生きていくのに欠かせない。そのため、高い政府の塩を買い取るのではなく、安価な塩を売る密売人から買い取るモノも少なくない。

 これは犯罪であり、厳しく取り締まる塩法があるのだが――塩法の矛盾は、密売人を厳しく取り締まる法律でありながら、密売人の収益を確保するものだ。

 ここで専売制が廃止され、自由に売られるようになれば、その密売人たちの利益も少なくなることは目に見えていた。

 密売人の多くは生活が苦しい庶民だが、元締めは地方を支配する豪族である。

 そしてその一人が、塩邑王、だと言われているのだ。


 専売制によって国家財政を再建するはずが、地方豪族たちに利益が流れ、結果国家の力が奪われている。その豪族の一人が、皇帝に……。

 

 また庶民の生活は苦しくなるだろうな。

 珍しく日が出た空を眺めながら、僕は帰路につく。

 自分たちの暮らしが厳しくなるのはわかっているが、ただの下級役人である僕にはどうしようもない。最近子どもも産まれたばかりで、目の前のことで手一杯だ。

 そうして僕は家に帰ろうと……。






「よっしゃあ勝った!! よくやったわ、多那如多ドナルド――――!

 きゃ――今日は久しぶりに米が食べれるわ豪華だわ――!!」



 コケコッコー!

 ……市場の広場から、よく知った声と、鶏の鳴き声がした。



「まったく、美雨メイユーちゃんと多那如多ドナルドにはかなわねーよ! 一瞬で場外に吹っ飛ばすもんな!」

「当然よマジで今家計がやばいんだから闘鶏だろうがチンチロリンだろうが稼げる時に稼ぐわよ!」



「何やってんだ君は――――!!」



 うっかりツッコミをいれた。

「あら。おかえりなさい、ハオ

 女が座ったまま、僕の名前を呼ぶ。

 殆どが黒い髪をした人々の中で、異国の血を思わせる、うねる金の髪の女。この女が、僕の妻、美雨メイユーだ。

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