第17話
白夜を馬で駆けること5時間、時間にしては朝方の3時にあたるその時間でも昼間のように明るい。ついにイジュンがいるモンジール館付近たどり着いた。私についてきた兵士や付き人たちは宿屋で休ませる。そして、馬の速度にもついてきた機械兵たちには館の周りを先に取り囲んでもらい、ソアのコピーがメンテナンスを開始した。
準備は整った。付き人たちには休むように言われたが、正直無理だ。もし、部隊を結集させて全面戦争になったらどうするか。機械兵である程度補えるとはいえ、限度がある。宣戦布告をし、同意した地域を私が不在の間に取り返している可能性もある。周りに心配をかけてはならないので、横にはなっているが、色々な戦況状況がぐるぐると頭の中で回っている。ソアは『私本体が使いすぎで壊れても困るからAI機能は休ませるから。ただ、友だちでいる以上あなたが眠らないと私も眠れないから堂々巡りの情報だけは聞いといてあげる』とのこと。AIの切り離しができることを初めて知りつつ、本当にいいお友達ができてよかったと思う。
2時間が経過し、使者が到着した。即座に迎え、私が現れた瞬間に跪く。
「旧皇帝より、権力の半分を割譲すると申し出がありました」
使者も述べた後、忠誠を誓う宣言をした。使者の護衛たちもそれに倣い、跪き、宣言をする。
その瞬間、エリスは勝利を確信した。戦況は完全無血をもって勝利で終結するのである。休戦交渉の申し出は受け入れたが、全権力を 全譲渡でないのなら進軍すると、使者に伝えて館に向かわせた。
軍を進撃させながら館の様子を見にいくと、館はすでに開門状態となっていた。入口の前では海軍大将がわざわざ誰かから借りたであろう貴族衣装で跪き、出迎えている。完全に白旗を挙げた状態だ。
「イジュンは中におります。士官たちに勲章を剥ぎ取り、剣を奪い、軍服を脱がせ、平服の状態で鎖に繋いでおります」
私は機械兵の一人にソアのコピーAIを入れ、下げ緒をくれた兵士とともに、海軍大将がイジュンのいるところに案内させるように指示した。
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「はぁ、エリスは本当にイケメン好きなのだから」
思わず、小言を言う。
下げ緒を渡した兵士はまだ青年といえる。名はドユンというそうだ。海軍大将とともに歩いている途中に、自己紹介された。初々しさが残っており、兵士の割には幼い。とはいえ、将来は間違いなくイケメンになるだろう。
さすがに自己紹介だけで海軍大将とも、この下げ緒の青年とも会話をしなかった。私も先が読めなくなってきている展開に、あまり余裕がない。ここからはもうゲームの世界とはまるで違う。本来なら愛人が宣言をした場所で軍の指揮権を無理やり奪って故郷に砲撃をして、都市を壊滅させるてしまうのだから。ただ、命の保証については腐るほど私のコピーを生み出してしまったから私本体が死んでも別のAIに乗り移れば問題はなくなった。それでも、私に取っての今の一番成し遂げたいことは、大切な友だちを女帝にしたいということだ。そんな気持ちだけで動いている。
エリスは元々賢いから、信頼できる人を先に行かせて、罠がないか確認する流れの命令を自然に行った。こういった流れを自然にできることこそ、生き残る術だ。
モンジール館は貴族の別荘のような全2階建ての館である。今回は2階の右端の部屋にイジュンがいると案内された。扉を海軍大将が開け、一度、中の様子を見た後、中にはいってくださいと促される。海軍大将には、バイタルの変化が全く現れなかった。本当に戦意の欠片もないようだ。
中に入ると、一瞬で罠でないことを理解した。同時に、『ああ、これはエリスと面会なんてできないな』という様子だった。イジュンは付き人に鎖で巻かれながら跪き、甲高く泣き喚いている。愛人、というか私にとっては宿敵となるスンアも鎖に巻かれながら、ヒステリックに泣き叫んでいる。海軍大将もイジュンの付き人も、ドユンもこの様子に頭を抱え、苦笑している。こんな奴にゲームではエリスが負けたというの。つくづくゲームは所詮お遊びだったのだと感じつつ、イジュンに私は冷たく、しかし阿鼻叫喚であってもはっきり聞こえる声で一言。
「お前、そんな様子じゃ半分の権力あっても国のためにならないからエリス様に全て攘夷しろ」
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『ソア、気持ちは嬉しいけど、頼むからもっと品よい言葉使いにしてよ』
普段は丁寧な子なのだけどなぁ。ソアに宿屋で事前に盗聴器を渡してくれたので部屋の状況を音で聞き取れた。阿鼻叫喚がひどい有様は私にとっては間抜けで笑えるのよ? とはいえ、せっかくの良い状況が変に傾いても困るので、「宣言書」を書かせるためにいたしかたなく、私も機械兵数体と兵士を数人護衛につけて中に入る。
中に入った瞬間、部屋の扉が開けっ放しのため、まあ泣き喚きが響く響く。正直耳を塞ぎたくなるが、なんとか我慢して目的地の部屋に到着する。
「あ、エリス」
ソアのAIが入った機械兵はすぐに気づいて後ろを向く。
そんな、状態を一応みてすこし笑ってあげて、そのままイジュンの方へ向き、伝える。
「あなたの運命はすでに私が決めたのです。いつまでも子供のように泣いてないで大人しく、こちらの内容を清書しなさい」
私は鋭い目つきで伝えたつもりである。ただ、あまりの威圧だったのか海軍大将とイジュンの付き人はその場で跪いた。しかしイジュンは私を見るなり、
「だったら、鎖を解け! この反逆者!!」
と戯言を言う。スンアの方も少し目を向けると、イジュンに続けとばかりなにか叫ぼうとしていたが、ソアがナイフをスンアの顔のほぼすぐ横にとばして壁に突き刺した。それをされた瞬間スンアは涙が枯れ、一切無言となった。ソア、暴力はダメよ。それに女性の顔に傷をつける可能性があることももっとダメよ。そう思いつつも見て見ぬふりをし、私は兵士にイジュンの鎖を解いて、机に座らせ、宣言書を書かせるように命じた。兵士はすぐに取り掛かり、イジュンの座っている周りには四方八方に兵士と機械兵が取り囲んでいる。ソアの強さを見てしまったためか、イジュンは「くそ、くそ」と潮垂れながら戯言を言いつつ、宣言書を書いた。
書き終えたら、海軍大将を中心に一部兵士たちに、イジュン、そしてスンアを見張っておくように命じた。その際、海軍大将も兵士にも破格の前掛金を渡した。海軍大将も兵士も目を輝かせた後、跪いたのであった。ああ、単純なことね。エリスとその他兵士たちは宣言をした街へと戻ることとした。最後の作戦もあっけなく達成した瞬間である。
帰りも特にトラブルはなく、帰路につく。そして、一切休まずに目的地である宣言台に向い、国民の前で厳かにある宣言を行った。
「我は無事にモンジール館から帰還し、旧皇帝からある文面を預かり、代読してほしいと、懇願された。我はそれに答え、ここに代読する。『キョウルナラ国に絶対君主として余が君臨したこの僅かな期間において、余は自分の力が重荷を背負うには足りぬと自覚するに至った。従い、熟慮の上、外的束縛を受けず、キョウルナラ国並びに全世界に対して、生涯にわたり支配する権利を放棄することを宣言する』」
クーデターの成功の瞬間である。この宣言の瞬間、全ての人々は女帝の帰還も相まって、鐘と祝砲、歓呼の声が響き渡る。すべての人々にウォッカが配られ出して、瞬く間にペースが間に合わない始末である。軍人たちは「我が手でこの美しき女帝を玉座に押し付けたのだぞ!」と叫びまくって仕事をしない。それ以外の国民も「万歳、われらが母、エリス様!」と叫び続ける。
エリスは思う。これこそが私の求めていた理想の世界。今、手に入った瞬間である、と。
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