第16話

イジュンは軍事練習の会場に向けて出発し、その間にエリスがいたモンジール館に寄った。これは機械人形から情報が伝わっている。 イジュンは、モンジール館の入り口で門番が縛られていることから即座に何かあったことに気づいた。機械人形はあくまで兵を捕らえて見張るだけのため、相手側の抵抗には答えず、そのままモンジール館に招いている状態だ。ただ、館はすでにもぬけの殻である。そこで初めて機械人形に対して質問してきた。

 「エリスはどこだ!」

 機械人形は答えない。ただ、捕らえられた兵士は一言。

 「都市の方に向かわれました」

 その言葉聞いて、海軍演習で使用予定の艦船に、来た人間全員と捕らえられた兵士、機械人形を乗り込ませ、海から近道をしてハヤンシジャクに到着した。都市が射程圏内の位置になったところで、エリス側についた艦船が迎え入れた。

 「われわれは女帝陛下に宣誓を誓った。降伏をせねば砲撃する!」

 ここで初めて事態を理解したのである。エリスがクーデターを起こしたということに。それがわかった瞬間、イジュンは身体をガタガタ震わせ、あえぎ、すすり泣き出した。海軍大将はイジュンの様子を見て、気持ちを引き立てようとする。

 「勇気をお出しください。陛下の一言、威厳に溢れた眼差しで民衆は皇帝に跪きます。我々がついているのです!」

 しかし、イジュンは正面攻撃を拒絶し、支離滅裂なことを言い出した後に気絶した。機械人形からの情報でこれを知ったとき、「ああ、ゲームどおりだ」と思った。実際、イジュンは何もできないのである。しかし、まだ動ける人間がいる。ここで最も警戒しないといけないのはスンアだ。海軍大将が困り果てる様子を見て、スンアが動き出していた。

 このまま行くと、都市への砲撃をスンアが行う。そして、それは城壁へと命中し、都市の城壁は崩壊する。そうしたら都市の人々はパニックになり、クーデターどころではない。しかし、砲撃を続け、最期エリスを撃ち落とした後、砲撃され崩壊した都市を捨てて、スンアの真の故郷(ただこの世界の実際の実情的にはそうではないのだけど)ロジャ王国へ帰り、イジュンとともに仲良く暮らす、というのが私がプレイしたゲームのエンディングである。・・・結構なクソゲーだな。

 「んなことさせるか!」

 私はそう考えたら怒りが湧き出し、スンアが動き出したと同時に、機械人形のAIに乗り込み、縛られた鎖を一気に破壊した。周りが「えっ?」と状況を把握できない中、わたしはスンアに一瞬で近づき、溝内を攻撃して気絶させた。エリスの女帝になろうというひたむきな努力をこんな目標も何もないただぐうたらに過ごそうとしか考えてない奴らなんかに台無しにされてたまるか! 私は、そのまま海軍大将に向って、機械だけど恐らく最も恐ろしく睨みつけた。

 「諦めて、女帝に跪きなさい」

 海軍大将もこの機械人形の圧倒的な力を見て、これは戦えないと判断する。しかし、あくまで降伏をする気はない。イジュンを無理やり叩き起こし、「大地に向かうよう指示してください!」と懇願する。恐らく、皇帝が地に足を付けば誰も攻撃をせず、行いを後悔して投降するだろうと考えたのである。だが、無理やり叩き起こされた時に最初に目に飛び込んだのがスンアの気絶しているさまであった。イジュンはそのまま船底に逃げ出し、冷たい汗を流して歯をガチガチ鳴らし続けて引っ込んだのである。イジュンは木の兵隊で戦争ごっこをすることしか知らない。本当の命のやり取りをする覚悟など、全く無いのである。終いにはしゃくりあげて泣き出す。女たちも金切り声をあげる。海軍大将は手のつけられない哀れな情景を見て、大笑いし、船を旋回させた。

 これで、都市への砲撃の可能性はなくなったのである。エンディングはこれで大きく変わることになるだろう。

 一方その頃、エリスは軍服を借りて着込んでいた。元老院にはこのように伝えた。

 「わたしは、玉座に平安と安定をもたらすため自ら軍の先頭に立ち、街を出発します。私の至上権、祖国、国民、私の息子を全幅の信頼を持って、元老院の手に委ねます」

 準備ができ、結集した連隊の前に姿を見せ、いつも乗馬で付き合ってくれる白馬に飛び乗る。そこで私は気づく。

 「あっ、エリス。剣の下げ緒がないよ」

 それを伝えたと同時に、気づいた近衛隊のある下士官が自身の下げ緒をもぎ取るとこれを彼女に差し出した。・・・ずいぶんと若い青年だな。その下げ緒をつけ、出発をする。

 街を出て、連隊を閲兵する。ほとんどの兵士はイジュンに押し付けられた他国の制服を脱ぎ捨て、キョウルナラ国本来の軍服を着込んでいる。エリスは抜身の剣を片手にはやりたつ馬を制御する。柏の葉で編んだ冠がえぞ豹をはった帽子の縁を飾っている。栗色の長い髪が揺れ、力強さと優雅さ、ひ弱さと確固たる決意を一身に体現した姿で周りを魅了していた。みんな、羨望の眼差しを注いでいる。笛と太鼓の規則正しい音をかき消すほどの歓呼の声。エリスの傍らにはダーコも軍服で乗馬姿になっている。夜の十時に最後の中隊が通過した情報を聞き取った。この日は白夜だった。

 『エリス、みんなすごい羨望だよ』

 私はエリスにみんなの状況を伝える。夜なのに明るい不思議な光の中で進軍は夢見心地で続く。人々には、実はどこに向っているのか、何かをするのかさえ正確には伝えていなかった。けど、光と影、真実とイリュージョンの入り混じったこの大冒険に対する情熱は一点の曇りもない。みんながエリスを信頼している。戦いの女神と想っているかもしれない。彼女の後ろにはローフ兄弟と多数の将校がいる。鼓笛隊が陽気な音楽を奏で、音楽が止むと兵士たちが古くからの旅の歌を歌う。楽しげな歓声や口笛の音がこれに混じる。そして、時折叫び声が上がるのである。「万歳! 我らが母、エリスよ」と。

 エリスは私の報告を聞いて、求めていたすべてを手にした気持ちで恍惚としていた。

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