第15話

 霧が立ち込める朝。モンジール館にいる軍の門番をいつもどおり難なく,くぐり抜けたソジュンが亡霊のように、しかし疾風のごとく足を運び、エリスのいる化粧室に現れた。

 扉の前でダーコが彼を見る。彼の顔は戦いの表情だった。

 「今、エリス様を起こすね」

 その顔ですぐに理解をし、エリスのいる部屋にダーコが向かう。

 「エリス様、緊急の報告でソジュンが現れました」

 エリスはまだ眠っていたのだが、その言葉を聞いて静かに目覚め、頭を覚醒させる。

****************************************

 「ウヌが逮捕されました。準備は整っており、女帝の位にお就きになっていただきますよう」

 私はその言葉を聞いた瞬間、時は来たか、と心を弾ませる。着替えを済ませるため、お付きの人々を急がせた。付き人もダーコも震えている。化粧なんてしてる暇ないわ! その間に「人形を動かして」とソアにお願いした。ソアは即座に屋敷に忍ばせた人形の中に入ったコピーAIを起動させた。すぐに廊下で機械音が聞こえる。ものの数分で出入り口から「ぎゃあ!」、「なんだこれは!」とともに金属音が鳴り響くが、それもすぐに収まってしまった。・・・殺してないわよね? 『身動き取れなくしただけだから大丈夫だよ』と頭の中でソアが答える。とはいえ、人形たちが想像以上に強すぎて若干引いてしまった。

 堂々と馬車にダーコとともに乗り、ハヤンシジャクへ向かう。その間、ソアには「イジュンの方に向ってくれる?」と伝えた。「軍艦とかにコピーAIを忍ばせたから状況はいつでも判断できる。むしろ都市まで一緒にいて私を臨機応変にこき使って」と答えた。さすがはソアね。

流石に距離があるので馬を一体乗りつぶしてしまい、近くにいた貴族に馬を取ってこい、と頼んだ。貴族には「緊急で代理に会議に出席する、という体で説明して」と、ダーコにお願いした。貴族は喜んで、農夫をつかまえて、その集落にいるありったけの全馬を戴くことができた。そのうち1匹はソジュンに渡して、イジュンに情報が伝わらないように暗躍するよう頼んだ。だいぶお金使ったな、この女。まあ、ケチってもしょうがない。

 ハヤンシジャクの門の目の前ではソジュン以外のローフ兄弟達の部隊が出迎えている。「私が先に情報流しといた」とソアが言う。ローフ兄弟の横には機械兵もいる。つまり、ハヤンシジャクは私が向かう間に制圧を完了していた。

「お待ちしておりました、女帝陛下」

 馬車から降りると跪き、ジホが言う。ついに、私が「女帝」と呼ばれる日が来るなんて。気持ちは今までにないくらい高まっているが、落ち着いて答えることにした。

 「まだ、クーデターは終わってないです」

 ジホはさらに頭を下げつつ、答える。

 「ハヤンシジャクの制圧については、一滴の血も流れずに完了しました。エリス様を女帝とするために行うことを事前に伝えると皆々、すぐにそのまま仲間に加わりました」

 『イジュン、信頼感が地の底なのね・・・』

 ソアはそれを聞いて、苦笑している。あいつ、自国のことをなんにも考えてないですもん、そりゃそうなるわ。

 ジホの言葉を聞いた後、宮殿へと向かった。到着したら喪の黒いドレスに着替える。その格好で宣言台に立つと太鼓が打ち鳴らされた。そして、

 「万歳! われらが母、エリス!」

 と都市中から叫び声が響き渡ったのである。後ろにいる貴族や兵たちは跪いている。ローフ兄弟たちが買収した軍隊たちが次々に合流もしだした。

 しかし、最後に現れた連隊だけが武器を構え、叫ぶ群衆の前に集う。イジュンの愛人スンアの兄が連隊長を務めるプレスキー連隊である。副官ヴォコフと兄シモンも後ろで指揮を取っている。旗が降りた瞬間に、戦闘が始まる。現状、私側の人々は武器を持っていない状態であり、一種のトランス状態でもある。銃声一つでバラバラとなり、クーデターは失敗する。

 『大砲だけじゃなかったか。やっぱり、ゲームの世界とは違うな。ひ、ふ、み・・・ああ、あの武器全部、AI仕込んでるや』

 ソアがかなり冷静に頭の中で言う。都市のあらゆるところにはすでに何かあったときのためにソアのAI内蔵の機械兵も潜んでいる。武器もAIを仕込んでいるので主導権はこちらのものである。

 「とりあえず、銃はもう無効化しといたよ」

 それを聞いた瞬間、旗が振り下ろされた。民衆は後ろを向いて叫び続けていて気づいていない。軍のトップも今は私の後ろで跪いたままだ。兵士も万歳を続けている。

 エリスの華もこれで終わりだろう、と思った。しかし、銃が全く動かない。兵士たちが急いでロックを解除しようとしているが全く動いてない様子である。近接武器を構えた兵士は機械兵が一斉に動き出し、首元にナイフを向けていたり、軍隊の周辺には銃を構えた状態でいる。ちなみに連隊長も副官もすでに機械兵によって首元をいつでも切られる状態になっている。

 機械兵、流石に強すぎません? ソアさん怖いです。と頭に伝えようとしたところでプレスキー連隊の一人が。

「万歳! 万歳! 女帝陛下!」

 と万歳をしだす。連隊に躊躇があった後、その叫びが大合唱となって繰り返される。人々が仲間たちや家族のもとに駆け込んで抱き合う。みんな、仲間内で戦うのは嫌だったのね。副官ヴォコフとシモンは武器を捨て、その場で跪きながら捕らえられた。

 軍の制圧が完了して、そのまま寺院へと向かう。高僧たちはどよめきから状況をすぐに把握し、準備万端で迎え入れてくれた。旧女帝の死後、毎日の祈り、そしてそれだけでなくキョウルナラ国のために公衆の面前でいくつもの行いを行っていたことが実を結ぶ瞬間である。

 「あなたに祝福を授ける」

 祭祀官の誰もが女帝の権利があることを認めて、すぐさま儀式を執り行ったのである。

 このやり取りの直後に、長男パールが宣言台に連れてこられた。まだ寝間着のままだったが、私が宣言台に戻ると同時に、彼を抱き上げた。その瞬間、歓声が響き渡る。

 『息子が正当な理由になってる可能性もあるから念のために行ったけど、必ず私が未来永劫、帝で有り続けるのよ』

 ソアにだけ、私の目標を教えてあげた。ソアはそれに従うまでだよ、と返答する。

 夜になってもこの騒ぎは収まらないが、その間に第一の宣言が完成され、私は宣言台でそれを発した。

「エリスより国民に告ぐ。わが祖国キョウルナラの忠実な民全てが明らかに知ることだが、最近の度重なるイジュン皇帝の行いによって、国家は多大な危険に晒されている。正教会は破滅に瀕し、異端者の世界になろうとしている。軍隊の輝かしい栄光たる功績と血の犠牲によって勝ち取られた勲章は条約の締結により完全に踏みにじられた。もはや隷属の状態にもなろうとし、国の統一を保証する政治が乱脈を極め、崩壊の一途である。したがって、神のご加護のもと、忠実な臣下の誠実な願いを叶えるために、我は唯一にして不可侵な君主として自ら女帝の座にのぼることもやむなしと判断し、我の忠実な臣下もこのことに対し、服従を誓った」

 この宣言を聞いて、叫び声が涙を流し、むせぶ声へと変わった。宣言が終わり、玉座につくと、首都の城門を全て閉鎖することと、イジュンがいる軍事演習の会場まで向かう街道の通行禁止を命じた。ソアが周りの人たちのバイタルチェックを行ったらしく、「全員、底が知れぬ人だと驚いている」と伝えた。この様子なら内部で裏切りは起こらないだろう。後はなるべくクーデターの報せがイジュンに届かないようにしなければ。

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