第8話

「私はキョウルナラ国到着当初から様々なご厚意に感謝申し上げます。その後の大公の憎悪と陛下の御不興を蒙る事になった身、それは自分がそうしたご厚意に値しなかったものと考えております。結果として自分の不甲斐なさから不幸な状態にあり、誰の迷惑にもならぬ気晴らしも許されず、部屋で倦怠の日々を送っています。それであればいっそのこと女帝が適当とお考えになる方法で、私を故郷に送り返し、この不幸に終止符を打ってくださいますよう説にお願いしたい次第です。子どもたちについても、同じ宮殿に住みながら会うことも叶わぬので、彼らと同じ土地に住んでも、数百里離れた土地に住んでも何ら違いはありません。陛下が、非力な私以上に慈しみをもって彼らを今までお育てになってくださっていること感謝してもしきれません。今後もまたお育てくださるよう敢えてここにお願い申し上げ、私自身は心に思い残すところなく、故郷に帰り、陛下と大公と子どもたち、そして私に良きこと悪しきことをなしたすべての人々のために神に祈りを捧げつつ生涯を過ごしたいと思います」

 私が、ロジャ王国との間の戦争でオース国との同盟を結成させた疑いがいよいよバレる可能性が出てきたこと、そして大公が浮気をし、それを新たな皇太子妃にしようとしている。この2点から明らかに私の状況が危うくなったと感じ、私は一か八かの手紙を女帝に送ることを決意した。(ソアがどっからかAIで文面を引っ張ってきたのを参考にして作った)

 しかし、手紙をウヌに託したものの、一向に女帝からの声はない。それどころか最近では舞踏会や演劇、オーケストラといった催しには全く姿をみせないのである。私も大公の命令のせいで、実質幽閉のように部屋に閉じ込められているため、身動きが取れないでいる。ソアはだんだんとゲームのストーリーを思い出したのか『ゲームでもそうだったけど、スンアの作戦でなんだよね、この幽閉』とぼやく。ソアは最近本格的に扱えるようになった人形、そして、盗聴器や監視カメラを使って、裏で代わりに動いてくれているので状況を理解し、報告してくれる。結局は大公が私を幽閉して、スンアがその隣にいるような状態だということだ。なかなか腹の立つことをやってくれる。

 女帝の件について、ウヌに問い詰めるとしっかりと提出した、と言っている。ソアもバイタルチェックで「嘘ではないね」、とのこと。とはいえ、これでは埒が明かないので思い切って司祭王にお願いしてもらうことにした。流石に教会に行く外出は制限されていない。

 どんよりと曇った日曜、私は特別なはからいで司祭王に私の悩みを相談した。

 「女帝は・・・女帝は・・・」

 悩みを相談すると何故か涙が自然と溢れる。司祭王は私の宗教の家庭教師でもあったため、今までの辛いことを思わず、全て打ち明けてしまった。

 「あなたはあなたが思うほど馬鹿ではないです」

 司祭王は私が全面的に正しいと保証し、部屋で待ちなさい、と言ってくれた。ソアは『馬鹿って言葉、司祭王が使うのか』と、言葉使いの悪さを主張しているが、そのあたりは気にしなくていいのよ。

****************************************

 翌日の夜、ウヌから「女帝がお呼びです」と部屋からエリスを呼んできた。司祭王が取り持ったことでいよいよエリスと女帝の戦いが始まるのか、と思う。私はエリスの脳に一緒にいることにした。

 女帝の御殿に赴くと、何故かウヌが部屋の「内側で」閉める。なぜ、ウヌも一緒? 蝋燭の火をウヌがつけていくと周りには人がいることがわかった。

 『緊急事態。いつでも脱出でき、この宮殿を爆破する準備ができました』

 私がエリスの身に危険となると感じた時のために、宮殿内の見つからないところに仕掛けていた爆弾が起動を始める。脱出用のルートも形成し出した。これは私の意思と無関係に「本当に危険」となるときはAIが私の操作を無視して、第1段階を解除するようにできているためである。私自身はそれを聞いて、今回は私の身が無事なので第2段階(私のみが危なかったら、こっちも自動で起動する)である宮殿内に潜ませた暗殺用の機械兵たちも起動させて、部屋の影に忍ばせるよう指示した。第3段階はエリスの意志を強制的に奪い、宮殿の爆破とともに脱出する。

 すでに第2段階をすませた。・・・弾劾裁判が始まる。

 エリスの望んだ女帝との1対1の対談ではなく、イジュン含めて、貴族、僧侶、軍隊、市民階級、職人団体の代表、全てが揃っている。奥の中心には女帝がおり、その手元には一束の書類が入っている。おかしい、手紙については届いたものもちゃんと届かなかったものもAIを介して焼却を行っている。エリスにはそれを脳内に伝えると、『そうでしょうね、罠にかけようとしているのよ』と至って冷静である。『後、宮殿爆破することになったら私のこと任せるわよ』とも。

 エリスは女帝の面前で跪き、偽りの思いを伝える。

「私は故郷に帰りたく思います」

 エリスは身を一切起こさない。

「なぜ、あなたを故郷に帰さなければならないのですか? そして、あなたには子どももいるのよ」

 以前会った時の美しい姿はどこへやら。肥満しきった体格でこってりと厚化粧をして、胸を反り返らせ、巨大な腰を据えて、涙を流しながら見つめる。全身非難の塊という様子はないな。

「現在、陛下誠意をもって育ててくださってます。それは子どもも願ってもないことです。そして、あの子をお捨てになることなどありえません」

 大切な後継者ですしね。

「しかし、あなたを故郷に帰すための説明をする理由は全くありません」

「陛下が適当とご判断になることをおっしゃればよいだけです。わたくしが陛下の御不興を買った理由、大公の憎しみを受けた理由をそのままに」

「故郷に帰ったところであなたはどうやって生活するつもりなのですか?」

 そこは私がなんとかできちゃう・・・AIシステムにサバイバルシステムあるし。ロストテクノロジーも復活すれば下手すると世界征服ですけど。

「存じております。母はキョウルナラ国の国益を謀る者として、ロジャ国王に追放されたのですから」

 母は、浮気に陰謀に溺れ、エリスが長男を造ってから、キョウルナラ国を追放された。現在はロジャ王国にいて、そこではキョウルナラ国のスパイじゃないかと、疑われ逃亡の身らしい。落ちたものね、あの女。

 私のことは言えないよね、うん。

「あなたがキョウルナラ国に到着し、試練を乗り越え婚約し、そして病気になってそれが生死をさまよう状態となった時、どんなときでも私が泣いていたことを、神様もご存じでしょう。そして、私があなたを愛していなかったら今もここに引き止めているわけはないのですよ」

 もうこの辺りから周りにいる人全員が、『えっ、なんで俺たち呼ばれたの?』状態となっている。政治的な問題よりも傷ついた自尊心に対する問い詰めになっているからである。「傲慢で頭がいいと思っている」「四年前のご注意が今の今までわからないほど馬鹿の女ですよ」

 正直、私も『この人、ここまで無能かぁ』と考え出す。『政治には一切介入することを拒否した人ですもん、致し方ないですわ』とエリスは私を宥める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る