第9話

 流石に、しびれを切らしたのか、少し間が空いたところに口を副官ヴォコフが挟む。

 「この皇太子妃は、とてつもなく意地悪で、頑固者だ!」

 「陛下もおられるので恐れ多いですが、申します。あなたは私が商業と医学の専任に実力でなったことを僻んでおります。本来私は何もしてはならない、あなた方に黒であっても命令された時は素直に従わないといけないのでしょうね。ですが、どんな結果になったとしてもあなた達は私のことを悪役令嬢として評価し、批判します。そんなことでは誰でも頑固者になりますよ」

 その一言でヴォコフは黙ってしまう。ま、大公側の人間だってこっちは分かるし。会話を挟まれたことで本題を思い出したのか、女帝は正面攻撃をここにきてする。

 「旧女帝の時代にとても真似できないことをしているようね、あなた。例えば外交官スホにオース国との交渉をお願いしているそうじゃない」

 「はて、なんのことでしょうか?」

 エリスは至って平常に述べ、身を起こす。

 「手紙のやり取りを否定するつもりですか? この通り私の脇に大量にあるというのに! あなたには手紙を書くことを禁じているはずですよ」

 「でしたら、お手を煩わせますが、その手紙を読んでいただけますか?」

 読まれている間に、紙とペンの用意も誰かお願いします、とも伝えた。ウヌが外で控えている召使いに用意するようお願いをしていた。

 「わたくしは、今回のロジャ王国との戦闘にご協力いただけたことを深く感謝申し上げます。この固い絆で結ばれた同盟が見事目的を果たしたときは、ロジャ王国も財産も半分はそちらのものになりましょう」

 傍聴している者たちから「なんてことをしているのだ」とか、「なぜ、他国にそんな礼をしなければならない」とざわめいている。・・・いや、ざわめく内容もどうかしてるだろ、こいつら。『知識がないのだから仕方ありません』、とエリスはまたここでも宥める。

 この国ではそもそも、同盟を結ぶなどといった行動は今まで行った経験がなかったため、そもそも勝った時に協力した国に何かしらのお礼をする、といった考えさえもない。ただ、まあ一番最初のダンスの時の内容を大げさに言えば、そうなるので、今回の手紙は誰かが書いた偽物だ。恐らく犯人はイジュンだろう。彼は作戦をロジャ王国に密告している。私を悪役令嬢として追放したいだけでなく、ロジャ王国を確実な勝利に導くために、オース国との同盟を女帝側の命令で破棄させようとしているのだろう。

 エリスは、淡々と頂いた紙とペン、さらに気を使って用意してくれた机と椅子に座り、先程の言葉をそのまま書き続け、書き終わったところで女帝に提出した。

 「陛下は私に手紙を書く許可を一度もされたことがないので、私の字など見たことないでしょうから、ご確認いただければと思います」

 それはキョウルナラ国民にならんと努力を積み重ねた結果、宮殿の高さ以上に字を練習した上に手にした恐らく国家一の達筆な字である。しかも聞いたことを一字一句間違えず、書かれていた。

 女帝はその字のあまりの素晴らしさに感動しながら確認をする。いや、もう確認する必要はない。字があまりにも違いすぎる。『国家一レベルのエリスの字じゃ、さすがに代筆疑われるでしょ』と突っこむ。『大事なのは、努力を見せること。涙もろいからそこまで思考は回らないし、貴族たちも文通で私を使いたくなるからもみ消す側になるわ』と返答する。

 結果はエリスの言う通りになった。女帝は周囲にいる人達に順々にエリスの書いた字を回していく。

 「もし、私がルールを破り、誰かに手紙を書くような無粋な真似をするにしても、どんな方々でもキョウルナラ国たる存在を恥じない字で手紙を書くことでしょう。他者に頼むなど言語道断です。手紙とは、自身で気持ちを込めて書くものですから」

 ついで、周りには代筆などもない、ということも追い打ちで付け加えた。女帝ももう手紙の疑い等どうでも良くなったらしく、そして周りの人達も手紙を見て、やたら話し合う状態である。完全に収束がつかなくなった。

 ただ、イジュンは全く納得してないようで、とにかく怒りを爆発させて悪口雑言を不器用に並び初めて喋っている。甥の様子を見て、はあ、と一つため息をして甥の方には目を合わせず、エリスの方によって「まだお話したいことがありますので、後日場所を変えてふたりっきりで話しましょう」と小声で言って、ウヌとともに立ち去った。

 エリスの心のなかで私とともに勝利を喜んだのである。

 弾劾裁判からしばらくして、代筆の依頼が殺到するようになった。これのおかげで宮殿内の政治だろうが、色恋沙汰だろうかが全てエリスのもとに筒抜けとなっている有様である。情報を得やすくなったことも弾劾裁判をしたおかげでメリットになった。

 「でも、よく手紙が届いてない、って気づいたね」

 「呼び出された時に、あなたは他のことをしていて、私の会話が把握できてなかったものね。その後も履歴チェックの暇なんてなかったし。実はウヌに呼び出された時に、「手紙は渡したが、そもそも女帝は体調がすぐれないのかここ1ヶ月分の書類を放棄していて手を付けていない。だから手紙は届けたが、呼んではいないはずです。お気をつけて」と言ってたわ。つまり祭司王から伝わってあれが行われたのよ」

 ウヌも私たちの絶対の味方じゃないから情報を隠すのか、はたまたどう行動するのか見物するためか。底の知れない人だな・・・。

 そしてこの弾劾裁判によって、イジュンは「無能」の烙印がますます箔がつき、エリスには「聡明」の評判にますます箔がついていったのである。


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