86話 あとは前に進むだけ
僕はスキップしそうなくらいの足取りで学校を飛び出した。
期末テストを駆け抜け、結果が出た。
全体の5位だった。
ついに、ついに五本の指に入った……!
入学した時からの目標だったので感慨もひとしおだ。平日、メイの練習を見に行きたい気持ちを抑えてテスト勉強に打ち込んだ。その成果はバッチリ出た。
まだ上はある。でも、全力を出し切って結果がついてきた。今はそれだけで充分なのだった。
アパートに帰ってシャワーを浴び、早めの夕食を取る。
今日はメイが、久しぶりにムービーキャストで雑談配信をすることになっているからだ。
時間はいつもと同じなのだけど、はやってしまう。
もうプロジェクトの告知をするのか。
いろいろ気になるのだ。
テストの見直しをしながら夜の十時を待つ。
今頃、メイはまだ練習を続けていることだろう。
☆
『はいはい、こんばんは~』
時間になるとメイの配信が始まった。
配信タイトルは「今後の活動について」だった。
メイが話し始める前から、コメント欄の人たちは「活動休止?」「引退?」なんてネガティブなワードを出している。
『えーっと、今日はタイトル通り今後の話をしようと思ってます。引っ張ってもしょうがないからね、ストレートに話していくんですけど、何から話していこうかな……』
〈引っ張ってるぞ〉
〈また引き延ばす~〉
『あはは、ごめーん。クセみたいになっちゃってるね。えっと、四月からの活動なんだけど、踊ってみたがしばらく出せなくなります』
マジかー、というコメントがたくさん流れていく。
『あたし、高校三年生になるんだよね。で、受験の年になるわけ。あたしもそうだし、機材担当してくれてる子は偏差値高い大学狙ってるから、お互い勉強に時間取られそうなんだよね』
〈受験はしゃーないな〉
〈それは配信より優先すべき〉
『わかってくれる? 二人で相談して、合格決まるまで踊ってみた撮るのは休もうかって決めました。やめるわけじゃなくて、一時休止。今日はそれを伝えたかったの』
〈続けてくれるだけで嬉しいよ〉
〈推し変はしないぜ〉
『ありがとね。でも完全休止じゃなくて、こういう雑談配信だけは定期的にやろうと思ってる。近況とかまったりしゃべって……ASMRとか挑戦してもいいかな?』
なんだって? それは聞き捨てならんぞ。
案の定コメント欄も一気に加速した。
〈配信してくれるのありがたい!〉
〈メイちゃんの声聞けるだけでも充分すぎるわ〉
〈ASMR解禁とか最高すぎるんだが〉
『ASMRはやれたらね? 絶対やるとは言ってないよ?』
そこはさすがにフォローを入れるメイだった。
『ともかく、そういうことで四月からは雑談配信のみの活動になります。――でもね、休止前に一個、大きいことやるかも』
この言い方。まだIOLAさんの名前は出さないようだ。
『細かいことはそのうち情報出してくつもりだけど、みんなびっくりすると思う。楽しみに待ってて』
〈気になる〉
〈でかい企画なの?〉
『まだ内緒~。とりあえず過去の踊ってみたとか見ながら待っててくださいな』
コメント欄はみんな「はーい」と返事をする。こういう一体感、いいよなあ。
『というわけで今日はお知らせだけさせてもらいました。雑談はまた突発的にやるから聴きに来てね!』
フォロワーさんたちは「了解!」と反応する。
メイは終わりと言いつつ、バレンタインにクラスの女子同士でチョコの交換をしたことなんかを話し、配信を終えた。
ツイッターで検索をかけてみると、やっぱり「メイちゃんダンス活動休止だって」といったつぶやきが見られた。
でも、「受験生だからしょうがない」と好意的に言ってくれる人が多い。雑談配信を続けることに喜んでいる人もいる。
メイって愛されキャラだよなあ。
あらためてそんなことを思った。
マットレスを広げていると、メイから電話が来た。
「こんばんは、お疲れユッキー」
「そっちこそ。いよいよ告知したね」
「うん。まあ、重要な一年になるのは確かだから。離れてく人もいるだろうけど、また一年後に戻ってきてもらえるように頑張るよ」
覚悟は決まっているようだ。
「そういえばユッキー、期末テストどうだった? そろそろ終わってるよね?」
「うん……5位だった」
「おおおお!!!」
「わっ」
耳元で叫ばれたので思わずスマホを離してしまった。
「ごめんごめん。ついにトップ5に入ったんだ! 頑張りが報われたね~!」
「そうだね。今回は素直に嬉しい。三年になったら1位取りたいけどね」
「ユッキーならできる。あたしは信じてるよ」
「ありがとう。メイの方は? テストじゃなくてダンスの話だけど」
「振り付けは監督さんとリモートで話して、そこそこ修正入れた。でも自分で納得できるものになったし、本番用ので練習してるよ」
「じゃあ、あとは来月の撮影日を迎えるだけか」
「うん。……緊張して毎日ソワソワしてるけどね。ユッキー、またまっさらピュアでよしよし頭撫でてほしいな」
メイが甘えるように言ってくる。電話越しなのにドキッとした。
「ぼ、僕でよければやるよ」
「ユッキーじゃなきゃダメなんだよ。けっこう落ち込みやすくなってるから元気づけてもらえたらなーって」
「いくらでも手助けするよ。こっちはもう山場も越えたし、メイの応援に集中できる」
「よかったぁ。やっぱりあたしのダンスにはユッキーと月詩がいなきゃダメなんだ。いつの間にかそうなってた」
「僕にできることがあったらなんでも言って」
「ん。まずは頭なでなでね?」
「わ、わかった」
最初にできることがそれなのか。でも、絶対に不安はあるだろう。彼女を勇気づけることが僕の使命だ。
「まっさらピュアでまた話そうね。ダンスの話もしたいし、ユッキーが5位取ったことも顔見ておめでとう言いたいし」
「僕はいつでもオッケーだ。また誘って」
「りょーかい」
ちょっと間があった。
部屋は静かだ。車の通る音さえしない。
僕は何を言おうか迷う。
すると、メイが息を吸ったのがわかった。
「頑張ったね、ユッキー」
メイのささやきが耳から入ってきて、じんわりと全身に広がった。
「……ありがとう」
それ以上は、うまく言葉にならなかった。
僕たちは「おやすみ」を交わして通話を終える。
天井を仰ぐと、メイの言葉が胸に染み入っていた。
僕は頑張り抜いた。
あとは、メイが頑張るところを見届けるだけ。
二年生でいられるのもあと一ヶ月ちょっと。
最後まで全力で駆け抜けよう。
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