84話 やってくるステージのために

 週末になると、僕は月詩さんのお姉さん、深星みほしさんの車に乗ってメイの家に向かった。


「もう練習は始めてるんですよね?」

「そうみたいねー。月詩も今週は遅くまでメイちゃんの家にいたわ。過去イチ本格的だからあたしもちょびっとだけサポートをね。結城くん家に運ぶだけだけど」

「そんな。すごくありがたいです」


 IOLAさんの新曲「Maze」のMVで展開されるダンスの練習。

 すでにメイと月詩さんは行動している。

 僕が平日の夜にメイの家に行くのはさすがに無理だ。どうしても週末しかなかった。


「ほんじゃ、頑張ってね」

「ありがとうございます!」


 メイの家の中まで車が入る。見つからないように、念のためだ。

 深星さんはそのまま出かけていったので、僕はガレージへ向かう。


「おーい……」


 言いかけて、やめた。

 曲が流れていて、強い足音が聞こえてきたからだ。


 そーっと近づいていくと、僕に背中を向ける形でメイが踊っていた。今日はシンプルなジャージ姿だ。


 メイはIOLAさんの新曲に合わせ、ドラムが強くなるところで重ねるようにステップを踏む。


 歌声が伸びるパートでは、両手をいっぱいに上へ広げる。そして、何かを包み込むように腕を閉じながらしゃがむ。


 直後、ギターが小刻みなリズムに移行すると、すかさずジャンプして上半身を振るう荒々しい動きへ。


 すごい。

 もうここまで出来上がっているのか。


 IOLAさんと直接会ってまた一週間と経っていないのだ。

 にも関わらず、それらしい振り付けを完璧にこなしている。


 メイには演出家としての才能がある。それをいろんな場所で見てきた。

 その才能は振り付けにもしっかり発揮されている。


 一曲フルに踊り切ると、メイはミュージカル女優のような動きで右手を伸ばした。


 これは、MVのラストシーン。

 歩いてきたIOLAさんに手を差し伸べる場面だ。


 曲が終わり、メイはあえぐように呼吸している。


「メイ、結城さんのご到着です」

「はあ、はあ……マジ?」


 メイが振り返る。顔は赤く、汗を流していた。気温が低い中でもこれだけ動けば熱くなるよな。


「ユッキー、いらっしゃい。ずっと見てたの?」

「途中から。すごいね、振り付けってこんな簡単に作れるものなの?」

「あたし、オリジナル考えるのだけは得意なんだよね。歌詞を読み込んで即興でやるとそれっぽい動きができるから、あとは細かいところを詰める――みたいな」


 さらっとすごいことを言っている。


「メイは努力家でもありますが、やはりセンスが際立っているのですよ」


 フード付きのジャンパーを着た月詩さんが言う。


「歌詞さえ覚えれば、自然とその場面のイメージに近づけていけるのです」

「IOLAさんの歌詞は感情がイメージしやすいからね。こういう表現が合う! みたいなのが勝手に浮かんでくるんだ」

「振り付けは自由にやらせてもらえるの?」

「うん。でもIOLAさんと監督さんにチェックは入れてもらうよ。ダメダメだったら振付師さん呼ぶかもって」

「それって、メイの苦手なレッスンになるんじゃ……」

「まあね」


 メイは苦笑する。


「でも、これっきりの機会かもしれないし、そうなったら受けるよ。どうしてもキツかったらプロとやるのは今回限りにする」


 覚悟は決まっているようだ。


「でも、今の見た感じならオリジナルで問題なさそうだけどな。まだ完全ではないよね?」

「うん、調整してるとこ」

「それであの完成度なら、出来上がった時すごいものになると思うんだ」

「そうかな」

「間違いない。メイの大ファンが言うんだから」

「ふへへ、照れるって」


 月詩さんが僕とメイを交互に見る。


「結城さんは振り付けに注文を入れるタイプですか?」

「そういうことはほとんどない。でも「雨の牢獄が消えるまで」の時は一回だけこうした方がって言ったな」

「あったね~。あれですごくしっくりきたんだよ」

「そういえば途中で変えましたね。あれは結城さんのアドバイスだったのですか」


 そうか、あの時はまだ、月詩さんに僕たちの関係を知られていなかったんだ。


「近くに住んでいるとはいえ、メイはファンとつきあっているわけです。高望みするタイプの彼氏なら将来的に心配なのですが……」

「ユッキーはそんな人じゃないよ」

「僕は、メイのやりたいようにやってほしいと思ってる。自分の願望を押しつけることだけはしないようにって気をつけてるよ。気になることは言うかもしれないけど」

「それでいいんだよ。全肯定な彼氏は刺激なさすぎだもん」

「ふむ……であれば私が心配することはありませんか」

「仲良くやってるよ~。安心して」


 月詩さんはうなずいた。


「でも、もったいないね」


 僕は話題を変える。


「何が?」

「あんなすごいダンスなのに、採用される部分は半分もないよね? 主役はIOLAさんだし」

「そうね。でも大丈夫」


 メイは得意げに胸を叩いた。


「IOLAさんのチャンネルにMVが上がったら、あたしのチャンネルにダンス全パート公開動画をアップしてもいいことになってるから」

「おお! そうなんだ!」

「こういうことできるのが個人勢の強みだよね~」

「お互いにとってWin-Winのプロジェクトになりそうだね」

「それよ! 絶対に成功させなきゃ」


 月詩さんが「うんうん」と首を振る。


「あ、それとね! 二人もMV収録に参加していいことになったから!」

「ホント!?」

「許可が出たのですね」

「うん。見てるだけになっちゃうけど」

「充分だよ」

「メイの勇姿を見届けましょう」


 三月は東京遠征。期待に胸が膨らむ。


「でも、東京駅出てスタッフさんの車に乗るまでは離れて歩こうね。もしもってことがあるから」

「ええ、バレるのが一番怖いですからね」

「誰が見てるかわかったもんじゃないし、そうしよう」


 三人でうなずきあう。

 ここまでやってきた仲だ。

 メイの集大成を、僕と月詩さんがしっかり目に焼きつける。


「さ、練習再開だ! おかしいとこあったら遠慮なく言ってね~!」


 そうして再び「Maze」が流れ、メイは踊り始める。


 ――大丈夫。


 キレのあるダンスを見て、僕は確信する。

 絶対に上手くいくと。

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