83話 プロジェクト始動!

 その日、僕は学校が終わると近くのスーパーの駐車場に向かった。

 空はこの冬一番の快晴だった。


 しばらく待っていると黒い高級車がやってきた。後部座席にすばやく乗り込む。


「お疲れ、ユッキー」


 そこに乗っていたのは制服姿のメイだった。運転しているのは辰馬さん。


「お疲れ様。……どうだった?」

「ん、やることにした」

「決めたんだね」


 シンガーソングライターのIOLAイオラさんが新曲を作った。発表されれば三年ぶりということになる。


 そのミュージックビデオには、メイに出演してもらいたい。

 そういう希望が届いていた。


 メイはIOLAさんやスタッフさんとリモートで対面し、今日は東京へ行って直接説明を受けてきたのだ。まだ高校生だから、父親の辰馬さんも同行した。


 そして、帰ってきたら僕に話を聞かせてくれることになっていた。店を探すのも大変だし、車の中でいいだろう。そんな予定を立てていたのだ。


「音源もほぼ完成しててね、聴かせてもらったの。めっちゃいい曲だった。ユッキーが大好きな「レベッカ」っぽいロック調だし、歌詞も悩み事に苦しむ人へって感じですごく前向きになれる」

「悩み事……それって、実体験も含まれてるのかな?」

「そうみたい。「レベッカ」がヒットしたあとプレッシャーで曲が書けなくなってたんだって」


 予想していたことだが、それで三年も沈黙していたのだから相当苦しかったはずだ。


「でも、あたしが「レベッカ」のダンス出したのを見て、急にやれるかもしれないって思ったんだって。だからこの曲にはどうしても出てほしいってお願いされちゃった」

「すごいよ。プロのミュージシャンに勇気を与えたんだ。やっぱりメイのダンスは人を元気にする力がある」

「えへへ、なんか照れちゃうね」


 ふっ、と辰馬さんが笑ったのがわかった。


「今日、さっそく打ち合わせしてきたよ。どんなイメージのダンスにするかおおざっぱにだけど」

「優しい人だった?」

「んー、繊細な人だなって思った」


 ステージで歌うIOLAさんは情熱の女性というイメージだった。なのでメイの言葉は意外だ。


「あんなにすごい声出るのに、しゃべる時は小さい声だったな。イメージと違ってごめんなさいっていきなり謝られちゃった」

「腰が低いね」

「笑い方とかすごく上品で、ガラスでできてるみたいだなとか、触ったら壊れちゃいそうとか……普段は物静かな人なんだよ」


 歌っているところを見ているだけではわからないことだ。


「でも曲はハードだからね、音ハメしながらバンバン動いてくつもり。あたしはずーっと映ってるわけじゃなくて、IOLAさんと交互に映る感じになりそうなの。ところどころ白黒にしてシルエットだけで踊ってるパートがあったらかっこいいよねみたいな話もしたよ」

「おおー」


 メイのダンスは撮ったものをそのまま出す。

 だから特別な演出はないし、エフェクトなども入らない。

 彼女は初めてそういう挑戦をするのだ。


「MVの監督も一緒だったよ」

「そうなんだ!?」


 そこまで話が進んでいたとは。


「あたしが断った時のプランも考えてたみたい。でもやるって言ったらホッとしてた」

「それはドキドキするだろうね」

「演出としては、IOLAさんがギター弾きつつ迷路の中を歩いていくの。あたしはその一番奥で踊ってる。で、アウトロでIOLAさんが広い部屋に入ってきて、そこにいたあたしが手を伸ばす。それをIOLAさんが握って終わり」

「すごい考えてあるじゃん」

「IOLAさんの考えた演出なんだって。曲ができた時、これしかないって閃いたって言ってたなあ」

「大きいプロジェクトになりそうだ」

「うん。……ファンのみんな、こういうのに出たら喜んでくれるかな?」

「この前、ステップアップしたところを見せたいって言ってたよね。プロのMVに出たらみんな感動するよ。ずっと見てた人なら、メイが遠くまで羽ばたいたなあって父親みたいな気持ちになると思う」

「父親は私だ」

「き、気持ちの話ですよ」


 辰馬さんが割り込んでくるとは思わなかったので声が裏返ってしまった。それを見てメイが笑う。


「そうだね。成長したところを見せるには最高の舞台か。よし、頑張って練習しよっと」


 メイが僕を見つめてくる。


「練習、つきあってくれる?」

「もちろん。あ、でも平日はきついかも……」

「わかってるよ。ユッキーの勉強は邪魔できないからね」

「まだ世に出てない曲で踊るのか。僕もワクワクしてきたよ」

「本当なら本番も立ち合ってほしいけど……」

「さすがに部外者だからな……。彼氏ってバレるのも……」

「でも、ずっと撮影のお手伝いしてもらってる人なんですって説明すればユッキーと月詩が立ち合う許可くれるかも! オッケー出たら一緒に東京来てくれる?」

「い、いつ頃?」

「たぶん三月!」


 だったら期末テストは終わっている。


「行けるなら、行きたい」

「やった! 許可出るといいなあ」


 メイがウキウキし始めた。

 まあ、撮影協力者に男がいる=彼氏とすぐにつながるわけじゃない。特に僕とメイはまるでタイプの違う男女だ。見抜かれにくいはず。メイの大一番を見られるなら絶対に見たいよ。


「練習の時、曲は聴かせてもらえるんだよね?」

「あ、いま聴く? もらってきたよ」

「おおお! いいの!?」

「もちろん。じゃ、あれやろうよ」


 メイはスマホとイヤホンを取り出した。片方だけ渡してくる。


「イヤホン半分ずつで聴くの、一回やってみたかったんだ」

「あ、ありがとう」


 僕は右耳に、メイは左耳にイヤホンをつける。


 メイがスマホを操作して曲を流した。


 静かなギターから始まり、一瞬音が消えたと思ったら一気に激しい演奏が始まる。

 そこから繰り出されるのはインパクトのあるフレーズばかり。

 サビも長くて盛り上がる。

 IOLAさんの歌唱力はまったく落ちていなくて、僕が大好きな「レベッカ」の頃と同じように長く伸ばす高音も出してくれる。


 本当に新曲ができたんだ……。

 感動がこみ上げてきた。


「どう?」

「最高だ。「レベッカ」に並ぶ良さ」

「だよね! あたしもいい曲だと思う!」

「そういえば、曲名ってもうついてるの?」


 それを訊くと、メイは「ふふっ」と笑った。


「この曲、悩んでる人を迷路に囚われた人って表現してるでしょ?」

「うん」

「その中にはIOLAさんも含まれてるんだけど、それを助けたのがあたしってことで、名前を入れてくれたの」

「ということは……」


 メイは嬉しそうに、その名前を言った。


「曲名は――「Mazeメイズ」」

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