75話 聖夜のキス
二人で「しんどい!」と笑いながら必死でケーキを終わらせた。
そのあと、僕たちは狭い洗面所で歯磨きをしていた。メイも泊まるということでちゃんと歯ブラシを持ってきたようだ。
「こう見えて虫歯には気をつけてるタイプなのよ」
「踊ってるとき歯が痛かったらきついよね」
歯磨きを終えると、僕たちはリビングに戻る。
「どうやって寝よっか。確かユッキーもマットレス使ってたよね。二人だときついかな?」
「ふふふ」
「急にドヤ顔でどしたの?」
「この日のために準備しておいたのさ」
僕はクローゼットから薄めの敷き布団を引っ張り出した。
「これを並べればくっついて寝られるわけだ」
メイは目をぱちくりさせている。
「もしかして、それアピールしたかったからわざわざ隠しておいたの?」
「……まあ、そうとも言う」
「かわいいじゃーん。そういうのマジで好き~」
せ、せっかく思いついたんだからやりたかったんだよ! 母さんに頼んで実家から持ってきてもらったんだから……!
僕は咳払いして、マットレスの横に布団を広げた。
「僕がこっちで寝るから、メイはマットレス使って」
「え? ユッキーがメインを使うべきじゃないの?」
「前の密会で言ってたじゃん。その、彼氏の布団で寝たい、みたいな……」
「あ……うん」
メイの顔が一気に赤くなった。
「だからメイがこっちで」
「じゃ、じゃあ失礼しちゃおうかな」
恥ずかしいのか、態度がちょっとよそよそしくなった。
いざその時が来るとドキドキするよね。
すぐ寝るにはまだ早すぎた。
メイのスマホで動画を漁って、漫才やゲーム実況なんかを一緒に見て時間を過ごす。
「えへへ、これいいね」
「つながってる感じする」
僕たちはおそろいのネックレスをつけて座っていたのだ。ブルーのリングが照明に弱く反射している。
「つきあってること明かしたら堂々とつけようね」
「うん。いつになるかな」
「まだ先かもだけど」
メイは残念そうにため息をついた。
「ねえ、ちょこっと
「いいよ。どれから?」
「今年、あたしが踊った曲を順番に」
「オッケー」
今年のメイは二ヶ月間隔で踊ってみたを出してきた。
ヒットした曲を使っているので、公式映像もちゃんとある。
僕が初めて撮影に立ち合ったトリニトロトルエンの「雨の牢獄が消えるまで」も、あらためて聴くと激しい曲だと実感する。この曲で踊っていたのだからメイは本当にすごい。
続いて
「これ、あたし的には一番印象に残ってる」
「そうなんだ。雨の牢獄の方が反響あったよね?」
「まあね。でもさ、ずーーーっと沈黙してたIOLAさんのツイッターが動いたじゃん。あたしの動画のためだけに。それが本当に嬉しかったの」
そんなこともあった。
あれからまたIOLAさんのツイッターは動かなくなってしまったけど、無事だということがファンに伝わったのでメイにお礼を言う人が出てきたくらいだ。
「今年もたくさん挑戦したなあ。来年も同じくらいのペースでやっていければいいけど」
「受験の年だからね」
「そーよね。秋からペース落とすか……まだ想像つかないけど」
メイはスマホの画面を落とした。
「その頃にはユッキーは本気受験モードだよね。撮影は無理しないで、密会で一時間だけでも話せたら嬉しいかな」
「僕も、できればたくさんメイに会いたい。勉強だけじゃ息が詰まるだろうし……」
「そうそう。あたしと話して気分転換になればいいよね」
もうそんな話をしなきゃいけないのか。時間の流れは早い。
時計を見ると、夜の十一時を回ったところだった。
今夜はちらちら雪が降っているが、月明かりもかすかにある。部屋を暗くしてもメイの輪郭くらいはわかるはずだ。
「……寝るかい?」
「ん、そうしますか」
僕はいったんリビングを出る。そのあいだに彼女がパジャマに着替えた。
メイはおっかなびっくりという様子で掛け布団をめくり、僕のマットレスに入った。
「こ、これがユッキーの布団なんだ……」
「あ、汗くさくない?」
「大丈夫だよ。安心して」
僕は隣の布団に入った。メイがこちらを向く。
「ユッキーの顔、月明かりでちゃんと見える」
「僕は影になってて輪郭だけだ」
「じゃあ、もっと近づこう?」
メイが顔を寄せて、
「――来て」
と、ささやいてくる。
僕は引き寄せられるように、上半身だけマットレスに移る。
「あたしの部屋では一緒に寝るだけだったよね。今日はもう少し進んでもいいかなって思ってるんだ」
「それは?」
「……あ、あたしに言わせるつもり?」
「ぼ、僕が言うべきなの?」
「…………」
たぶん考えていることは同じなのだけど、なぜか言い出す勇気が出なかった。
「よし、初めてはユッキーが言ってくれたから今日はあたしの番だ」
メイが覚悟を決めたように言って、小さく息を吸う。
「ユッキー、キスしてもいいかな?」
その一言が、薄闇の中ではっきり聞こえた。
「もちろん」
僕は答える。
メイがさらに顔を近づけてきた。
「――いくよ」
今度は返事ができない。言葉と同時に、メイが唇を当ててきたからだった。
熱を帯びたメイの唇。
僕も少しだけ唇を押し込む。
「んぅ……」
メイが甘い吐息をこぼす。
それがあまりにもいとおしくて、僕はメイの手を探り、握りしめていた。
「ユッキー、好き……」
一度唇を離し、メイが言う。それからまた当ててくる。
メイも僕の手を強く握ってきた。
彼女の吐息があふれる。
僕はそれを全身で受け止めていた。
脳がしびれるような、心地よい瞬間。
ものすごく長く感じられる時間が過ぎていく。
「ぷはっ」
やがて、メイが顔を離した。
「すごかった……」
メイのつぶやきは、どこか幼く感じられた。
僕も頭がぼーっとしている。今はまともな感想なんて言えそうにない。
「ユッキー、どうだった?」
「幸せすぎた」
「あはは、あたしもおんなじだ」
メイの右手が僕の左手から離れる。
その手は僕の頬を優しく撫でてくれた。
「どうしてもこれがしたかった。ありがとね、ユッキー」
「こちらこそ。いい夢を見られそうだ」
「目、閉じていいよ。寝るまで見守っててあげる」
「じゃあ、たまにはお言葉に甘えようかな……」
幸福で胸がいっぱいになって、本当に眠くなってきたのだ。
「ユッキーがいてくれて、あたしは幸せ者だ」
眠りに落ちていく意識の中で、メイの満ち足りた声が耳に残った。……。
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