74話 僕と彼女の小さなプレゼント
十二月二十四日、クリスマスイブ。
恋人たちの聖夜は、僕とメイにとってあまり関係のない一日になった。
本命はその後の土曜日。つまり今日だ。
僕は部屋の掃除を終えて一息ついていた。
夜は遅くまで起きているかもしれないので、念のため昼寝をして備えておく。
じれったい気持ちで夕方を過ごし、夜の七時を過ぎた頃、待望のインターホンが鳴った。
「こんばんはー」
モニターに映ったメイが小さい声で言った。
僕はすばやく出ていって彼女を迎え入れる。
「お邪魔しまーす。うう、今日までマジで長かったなあ」
「全然日にち進まないなって感じたよ」
「ねー! やっと会えて嬉しいよ」
リビングに入ったメイはコートを脱いだ。
白いセーターに黒いズボン。あったかそうな格好だった。
「そんでは――ほい!」
「おお」
メイがケーキの箱をテーブルの上に置いた。
二人で食べるにはちょっと大きめな丸い生クリームケーキだ。
僕は準備を終えていたチキンナゲットを出した。メイのように凝った料理は出せない。それでも彼女は嬉しそうにしてくれた。
二人でオレンジジュースをグラスに注ぎ、「メリークリスマス!」と声を重ねる。
メイが切り分けてくれたケーキを食べると、幸せが口の中に広がった。
「甘い~。やっぱ特別な日に食べるケーキって最高よね」
「メイがいなかったら今日も一人でさみしく夕飯だったよ」
「ふふ、今夜は一緒だよ」
メイが肩を寄せてくる。僕も少しだけ寄りかかる。
「はい、あーんして」
「あーん」
ぱくり。
メイが取ってくれたケーキをいただく。
「ほほう、もうこれは恥ずかしくないわけね」
「今日は絶対やると思って覚悟してた」
「ユッキーはなんでも予習するね」
「癖みたいなものだよ」
「じゃあその成果をいっぱい発揮してくださいな。はい」
「あーん」
メイが笑顔でフォークを出してくるので、僕は彼女が満足するまで同じことを繰り返した。暖房が入っているとはいえ、だんだん体が変な熱を持ってきた。やっぱり恥ずかしさは残っているみたいだ。
「ユッキー、顔赤くなってきた」
「う、バレたか……」
「そうやって頑張ってくれるところ、かわいいね」
「かっこよくありたいんだけどな……」
「いいじゃん。かわいいのは悪いことじゃないよ? あたしはそういうユッキーが好きなんだし」
「そ、そっか」
肩に力が入りすぎていたのかな。
「ふう、ちょっと休憩しよっか」
ケーキはさすがに大きかった。
僕たちはいったん食べる手を止める。
「よし、先にプレゼントを渡しましょー!」
メイが閃いたように言う。
「あたしはちゃんと500円以内に収めてまいりましたよ」
得意げな様子だ。
僕だってちゃんと約束は守ってきたぞ?
「ユッキー、これどうぞ」
「あ、ありがとう」
渡されたのは緑色の紙袋だった。何やら硬い感触。
さっそく開けてみると、出てきたのは水色のシャーペンだった。
「長時間にぎっていても疲れない!」
――と書いてある。
「ユッキーはたくさん勉強してるんだよね。そういうの、これで応援できないかなって思ったんだ。よかったら使ってほしいな」
「メイ……すごく嬉しいよ」
勉強にはこだわってきたけど、シャーペンは書けるのならなんでもよかった。
けれど、それは終わりだ。
メイのくれたシャーペンがあれば、もっと授業も頑張れる。
握って書く真似をしてみる。
僕だけのために用意されたのではと思うほど、柔らかめのグリップがしっくりきた。
「メイ、天才だ」
「急にどしたの?」
「こんなに僕にぴったりなものを選んでくれるなんて。これからの授業はいつでもメイが後押ししてくれる気がするよ」
「えへへ、そうだったらいいなあ。目標にしてる大学、行ってほしいからね」
メイは少し照れたように笑う。その顔がたまらなくかわいらしかった。
「じゃあ、僕からなんだけど……」
僕はプレゼントを両手で隠してメイの前に差し出す。
「なになに?」
「これはどうかなって」
両手をひらいた。そこにはタヌキをデフォルメしたキャラクターのキーホルダーが入っている。
「あっ、タヌポンだ! ユッキー、取ってくれたの!?」
「うん。どこのコンビニにあるかわかったし、ガチャが補充されたら狙おうと思ってたんだ」
「うわー、あたし一回で諦めちゃったからめちゃくちゃ嬉しい!」
メイがツイッターでこぼしていた、タヌポンを取れなかったという話。
これは「やわらかアニマル」というキーホルダーのシリーズで、僕はプレゼントにどうかと思っていた。
喜んでもらえて何よりだ。
「ユッキー、これ500円で取れたの?」
「運良く200円で出てくれたよ」
「出なかったらどうしてた?」
「うーん、約束破ってでも狙っちゃってたかもね」
「あはは、ユッキーって熱くなる時あるよね。早く出てくれてよかったなあ」
「だから、残りの300円でこれを」
僕は白い箱をメイに渡す。
「おー、入浴剤だ! おしゃれ~!」
「ちゃんと予算の範囲内に収めたからね」
「ユッキー、そういうのきっちり守るよね。さすが真面目くん」
「破った方が面白いと思ったら破るかも」
「たまにはそれもいいよ! あたしはもっといろんなユッキーが見たいから!」
メイはタヌポンのキーホルダーをニコニコ顔で見つめていた。
僕はシャーペンのグリップを握る。そのしっくり感で勝手に笑顔になる。
クリスマスの第一幕、プレゼント交換は大成功だったようだ。
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