73話 クリスマスの予定を立てよう

「最近メイちゃんとはどうなの?」

「順調だと思うよ」


 日曜日、久しぶりに母さんがアパートにやってきた。


「間違いだけは起こさないようにね」

「もちろん」


 明日もメイと密会の予定がある。コインランドリーという公共の場を使っているから間違いなんて起こるわけがないのだ。……ないよな?


「はあ、またあの子と話したいなあ。誰でも笑顔にしてくれる子よね。エネルギーをもらいたい……」

「正月に呼ぶとか、そういう相談をしておくよ」

「あ、それいいわね! 任せた!」


 もう正月の話をする時期でもある。

 だけど、その前には絶対に外せないイベントが控えている。


     ☆


 小降りの雪の中を僕は歩いていた。

 コインランドリーへ向かっているところだ。


 今回も僕が先だったので、洗濯を始めて待つ。今日は防寒装備を手厚くしてきた。そのせいでちょっと暑い。


 自動ドアが開く。コート姿のメイはパチッとした目で僕を見つめてきた。


「ユッキー、ニット帽めちゃくちゃ似合うじゃん!」

「これ? 雪降ってたから……」

「ストップ! 取っちゃダメ! まずはカメラに収めなきゃ」


 メイは洗濯より先に撮影専用スマホを取り出した。


「好きなポーズ作って!」


 慣れていないのでポーズが思いつかない。

 少し迷って……ちょっとキザっぽく腕を組んでみたりする。首は少し傾けて。


「わー、なんか悪い組織の……なんていうんだっけ? 軍師?」

「参謀かな?」

「それだ! それっぽいよ!」

「悪い組織なんだね……」

「なんか今日のユッキー、全体的に黒っぽいから」


 反論できない。

 ジャンパーは黒だしジーパンも黒。ニット帽も黒。

 厚着しない時期だったらもっとカラーバリエーションを出せるのだが、冬服はそこまで準備できていない。


「じゃあ、悪役ってことで今日はメイに厳しくいこうかな」

「いやっ、怖いのはやめて!」

「待って、迫真の声で言われると本当に申し訳なくなるから」

「いい感じの悲鳴だった?」


 どんな悲鳴だ。


「メイ、演劇もいけそうだね」

「台詞覚えるのは苦手なんだよな~」


 ようやくメイは洗濯機を動かした。いったん、勢いだけで繰り広げられていたドタバタ劇が終わる。


「夕方、ツイッターで文句言ってたよね」

「あー、うん」


〈タヌポン出なかったー!〉


 とツイートで叫んでいたのだ。


「コンビニのガチャにほしいキーホルダー見つけて、取ろうと思ったらもう三個しか残ってなかったの。でも残りに入ってるかもしれないと思って回したら……」

「なかった」

「はあ……せっかくかわいいの見つけたのに……」


 メイはため息をついたが、すぐに首をブンブン横に振った。


「それより、今日はあの話をしようじゃない」

「そうだね――クリスマスの」


 間近に迫っているクリスマス。当日は学校があるので、週末の土日で会うことになるだろう。


「あたし、やりたいことがあるよ」

「なに?」

「ユッキーのアパートに泊まりたい」

「ええっ!?」

「だって、前は看病に行っただけでのんびりできなかったからさ。ユッキーはあたしの部屋に泊まったんだし、今度はあたしが行ってもいいかな……なんて」


 そう、僕が風邪を引いた時、メイはその日のうちに帰った。

 お互い一歩進むのにも慎重になっている。

 相手の部屋に泊まるなんて、理由がないとできない。

 クリスマスはその最高の理由になるのだ。


「い、いいけど面白いものはないよ?」

「そんなのなくても平気だよ」


 僕の正面でメイはニコッと笑う。


「あたしはユッキーにくっついていられればそれですごく幸せなんだ。あと……」


 珍しく、彼女は言いよどんだ。


「他にもやりたいことが?」

「うん、まあ……」


 メイの顔がどんどん赤くなってくる。

 え、まさか。


「彼氏の布団で寝るっていうのを、やってみたいかな……?」


 すごく恥ずかしそうにメイは言った。

 それから慌てて両手を振る。


「で、でもいやらしいことはなしね! 一緒に寝るだけ!」


 僕も焦ってしまい、返事が出てこなかった。うんうんとうなずくしかできない。


 メイと一緒に寝たい気持ちは僕にもある。ただ、あのマットレスに二人で入るのはきついよな……。

 当日までに対策を考えよう。


「えっと、特別に準備することはない?」

「うん。あたしがケーキ買ってくから食器だけ出してほしいかな」

「わかった」


 僕もまたお菓子を用意しよう。


「あとクリスマスプレゼントなんだけど」


 気になっていたことにメイが触れる。


「お互い、プレゼントや遠出でお金かけてきたじゃん? そのせいで高いもの買った方がいいかな?――って考えちゃう気がするのよ」

「そ、そうだね。まさにそれで悩んでたところだよ」

「でもそれって変な負担かかってるだけの気がするんだよね。いろいろしてもらったからお返ししなきゃって」

「じゃあ、なし?」

「それもさみしいから、金額の上限を決めるのはどう?」

「あ、いいかも!」

「あたし的には500円以内がいいと思うんだけど」

「無理なくいけそうだね。決まりだ」


 上限がないとずーーーーっと考え込んでしまう。メイはこういうところでいいアイディアを出してくれるから本当に助かる。


「じゃあ週末近づいたら連絡するから。受け入れ態勢よろしくお願いしまーす」

「了解!」


 メイは笑って、首元を触った。


「誕生日にもらったネックレス、つけてくからね」


 その、ささやくような声に僕の心は一瞬で掴まれていた。


 関係がバレることにもなりかねないから、なかなか外でつける勇気は出ない。それを、二人だけの部屋でつけて過ごす。


 ……そういうのも、アリだよな。


 お互いの信頼を確かめ合う、大切な時間になりそうだ。そんな予感がした。

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