72話 メイの新しい冒険

 この一週間は学校の空気が張り詰めていた。

 二学期の期末試験があったからだ。


 僕は、総合9位。

 中間試験より後退してしまったが、一桁順位は維持することができた。


 目指す明央大学はハードルが高いだけに、ここから落ちていくことだけは絶対に回避する必要がある。


 ともかく、今回も無事に成果を残すことはできた。

 週末は安心して、メイのダンスの本番収録に立ち合うことができる。


     ☆


「9位とか、うちの学校でも想像つかないわ~」

「さすがですね、結城さん」

「いやあ、それほどでも……」


 週末。

 再びメイの家に招待された僕は、撮影前の雑談を楽しんでいた。


「月詩だって、ホントは上松高校行けたんだよね」

「私は誰かさんを監視する任務を受けていましたから」

「……断らなくてよかったの?」

「今さらそんなことを言われても困ります」

「まあ、そうだけど……」


 メイはしょんぼりしてしまった。


「一つはっきりしていることがあります」

「なに?」

「私は何も後悔していないということです」


 それを聞くと、メイの硬かった表情がやわらいだ。


「月詩さんは期末何位だったの?」

「全体で5位ですね」

「強い!」

「上松よりもテストは簡単だと思いますけどね」

「月詩ぃ、そんなあっさり言われると順位出てない位置にいるあたしがバカみたいじゃん……」

「メイはもう少し苦手教科を頑張るべきですね。得意科目ではちゃんと点数が取れているのですから。――そういえば」


 月詩さんが僕を見る。


「メイの苦手だった国語の成績が上がってきています。結城さんが教えたのですよね?」

「うん、勉強会やったな」

「成果は出ていますよ。いい教師になりそうですね」

「先生になるつもりはないけどね」

「それは惜しい。ちゃんと実績があるのに」

「ね、ねえねえ、もう勉強の話やめよう? 今日は撮影のために集まったんだからね!」


 メイが勢いよく話題をそらしてきた。いや、それてはいない。むしろそちらが本題である。


「今日はガレージ撮影でいいんだね」

「そうよ。背景は作ってもらうからどこでもいいの。ガレージなら編集してくれる人に家も特定されないだろうし」

「念のため警戒してるんだね」

「そのくらいはね」


 無防備なところの多いメイだけど、ここはしっかりしていた。

 そんなダンサーは軽く体を動かして状態を確認する。


「オッケー、いけそう。二本撮っていい方を使おうね」

「わかりました。一回目のあと三十分休憩を入れ、二回目――でいいですか?」

「短いから休憩は十分あればいけるよ」

「では、それでいきましょう」


 今日のメイはピンクのセーターに黒いズボンという格好だ。

 メイによるとブラックとピンクは、アニメの中で主人公とメインヒロインの能力が共鳴した時に出てくるエフェクトの色なのだという。

 アニメを見ている人なら配色の意味に気づけて二度おいしいというわけだ。


「いきます」


 月詩さんが固定カメラの前で指を立て、カウントダウンを始める。

 スピーカーから曲が流れ始めた。

 アニメエンディング用に編集された曲は、イントロも最小限の短さで歌に突入していく。


 メイは最初から柔らかくてダイナミックな動きを披露した。

 いつもはキレで勝負する彼女だが、今回はしなやかさを前面に押し出している。


 キャラのダンスに完璧にシンクロさせてダンスは進む。

 ミスらしいミスはまったくなく、あっという間に最後まで到達した。


 月詩さんがカメラを止めると、僕はすかさず拍手する。


「人の振り付けでやったらどうなるかと思ったけど、やっぱりメイはメイだったね。見ていて楽しい」

「今日は短い曲だったし物足りなかったんじゃない?」

「そんなことないよ! アニメの動きに負けないダンスだった」

「ふむふむ。これは二本目ミスっても問題なさそうかな?」


 聞いていた月詩さんがうなずく。


「そうですね。一本目から素晴らしい出来でしたし、次は気楽に撮れそうです」

「よーし、ハードル下げてやっていきましょー」


 そこで自分に厳しくしすぎないのもメイらしさだよね。


 少しの休憩を挟む。


「寒くなったよね。踊ってても全然あったかくならん」

「雪も降ったからなあ」

「結城さん、メイに雪合戦を提案するのはいけませんよ」

「しないけど……なんで禁止なの?」

「足をくじいたり、転んで変な手の突き方をしてしまう危険があるからです」


 確かに、はしゃいでケガをするのは一番よくない。日常生活にも支障が出る。


「僕、そんなに運動できないし雪合戦はついていけないよ」

「ユッキーもケガしちゃいけないんだからね」

「わわっ」


 いきなり、メイが僕の右手を両手で握ってきた。あったかくならないと言いつつも、その手はかなり熱かった。


「勉強する手は守らなきゃ。そんなことで普通に授業受けられないのはつらいでしょ」

「そ、そうだね……」


 見つめる月詩さんの顔がちょっと赤くなっている。


「平然と見せつけてくるのですね……」

「あ、ごめん」


 メイがすばやく離れる。


「い、いえ、そういう関係だとわかっているからいいのですが……あまりにも自然すぎてびっくりしました」

「ユッキーってなんでも許してくれそうな雰囲気あって、つい」

「ダメですよ。時には自重も必要です」

「はーい」


 やれやれ、と月詩さんがカメラをいじり始める。口調とは裏腹に、その顔は微笑んでいた。

 たぶん僕と同じで、メイに振り回されるのが楽しいのだ。

 性格的にはまるで違うメイと月詩さんだけど、そこでしっかり噛み合っている。もちろん僕も。


「さあ、二回目を始めましょう」

「やるかー!」


 メイがスタート位置へ移動した。


「一本目よかったし、緊張しすぎないようにね!」

「了解っ! でもまだまだ良くなるよ」


 僕は彼女と視線を交わした。メイは自信ありげにうなずく。


 二回目の撮影。

 圧倒的な表現力に、僕は飲み込まれていく――。


     ☆


 メイの最新の踊ってみたは、十二月中旬にムービーキャストで公開された。


 背景は主人公たちが通っている学校の教室……っぽい場所。アニメでキーになる小道具が枠になって画面を彩る。


 その中心でメイが踊った。

 アニメでは夜の校舎も出てくるので、背景は夜色になっていた。


 暗闇はメイの金髪を見事に引き立て、ピンクの衣装も鮮やかに浮き上がる。


 初めて振り付けのある曲に挑戦したわけだが、ファンからは変わらず賞賛の声が寄せられた。

 コメント欄の中には「アニメから来ました」というものもあり、かなりの好評を得ていた。


 メイの新しい冒険は、しっかりとした成功を収めたのだった。

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