71話 初雪の日の密会

 週が明け、本格的に十二月に突入した。

 ここまであっという間に来た気がする。

 メイとずーっと一緒に過ごしてきたはずなのに、まだ出会ってから一年経っていないのだ。


 昼休み、コンビニのおにぎりを食べているとメイからメッセージが送られてきた。

 今夜は密会決行。

 僕も問題なし。

 返信をして午後の授業に備えた。


     ☆


 ジャンパーを着て、洗濯物の入ったバッグを持つ。

 僕はいつものようにコインランドリーへ向かった。


「あ」


 入ろうとしたところでメイがやってきたのが見えた。彼女はすかさず人差し指を唇に当てて「しー」のポーズを作る。それだけでとても絵になる。


 まず僕が店内に入り、やや遅れてメイもやってくる。


「今日は同じタイミングだったね~」

「早めに出た?」

「まーね。ユッキーに負けるのはもう全然気にしてないんだけど、待たせるのはよくないよなって」

「お気づかい、ありがとうございます」

「ご丁寧にどうもです」

「その返事は微妙に丁寧じゃないね」


 僕が言うと、メイは舌を出して笑った。

 くぅ、もうメイが何をやってもかわいく思えてしまう。これはもはや中毒では?


 二人で距離を開けて洗濯機を動かし、席に着いた。


「ダンスの練習はどうなってる?」

「順調だよ。月詩に撮影してもらって細かい動きとか調整してる」

「じゃ、今月中にアップできそうなんだ」

「いけるね。あと今回は動画編集のプロに依頼して背景を作ってもらうことにしたんだ」

「おお。また新しい挑戦だね」

「アニメのエンディングだし、それに合わせた背景にしたいな~って思ってたの。本番撮ったらその人に背景を編集してもらうんだ」

「もう依頼してあるの?」

「うん。お仕事履歴と動画を照らし合わせて、めっちゃ編集上手いなって目をつけた人だから期待してて」

「これから本番撮るならスケジュールがカツカツになりそうだ」

「訊いてみたら、今は予定ないからいけますって返事もらったよ」

「なら心配ないか」

「ダンスがどんな感じか見る?」

「見たい!」


 僕が身を乗り出すと、メイが笑顔でスマホを渡してきた。

 すでに動画が始まっている。撮影場所はメイの実家のガレージだ。


「いきます」と、これは月詩さんの声。


 音楽が流れると、メイが軽快なメロディーに合わせて跳びはねる。

 両腕をいっぱいに使った振り付け。

 足を高く上げるパートも、体の柔らかいメイは難なくこなす。


 すごい。

 エンディングで動いているキャラの振り付けに完璧に重なっている。


 フルバージョンではなく、アニメ版の1分30秒バージョンだから短い。

 フルでやったら結局オリジナルの振り付けを入れなきゃいけなくなるから今回はこれでいいのだ。


「すごいね。これが完成版だって言われても違和感ないよ」

「そう? まあ、自信はあるけどね」


 メイにスマホを返す。


「普段のより短いし、その分いけるとこまでキャラの動きに重ねたつもりなの。できてたかな?」

「うん。僕もあのエンディング、何度も繰り返し見たんだ。だから勝手に頭の中でシンクロしたよ」

「ホント? だったら嬉しいな」

「アニメ見てる人たちだって満足してくれると思う」

「よーし、本番も頑張ろっと」


 メイは拳をぶつけて気合いを入れている。


 そこで、ちょっと話題が途切れた。


「ホットレモン買ってこようかな。メイも何かいる?」

「あ、じゃあ同じの」


 メイが財布から硬貨を出してよこす。


「僕が払うのに」

「そこは譲れないんだよね」


 メイの性格的に、そうだろうね。

 僕は小銭を受け取って外へ出た。


 そこで、頬に冷たいものが触れた。

 顔を上げる。


「雪だ……」


 綿のような雪がふわふわと落ちてくる。夜空にたくさんの白い点が生まれていた。

 ついに市内も初雪か。


 僕はホットレモンを買って店内に戻った。


「メイ、雪が降ってきたよ」

「ホント!?」


 メイは嬉しそうに立ち上がった。入れ替わりで外に出ていく。

 初雪ではしゃぐなんて本当にかわいいな。

 ホットレモンを飲んで待っていると、寒さで頬が赤くなったメイが戻ってきた。


「なんか、初雪って昔からテンション爆上がりしちゃうんだよね」

「童心を忘れないってことだね」

「出たー、ユッキーの冷静な分析」

「分析ではないよ?」

「言い回しがそれっぽかったの」


 メイは自分の黒い手袋を掴んだ。


「ユッキー、お店の裏で写真撮りたいんだ。協力してくれる?」

「いいよ。別々に出よう」

「オッケー」


 メイが出ていき、一分待って僕も出る。

 コインランドリーの裏手に回ると、メイのコートの肩に雪が乗っていた。


「はいこれ。撮影専用スマホ」

「そんなのもあったね。どんな感じに撮る?」

「このポーズで」


 メイは胸の前で両手を合わせた。手のひらを上に向ける形。まるで、落ちてくる雪をすくうかのような。


「これで手袋がいい感じに白くなったらシャッター押して」

「わかった」


 さすがメイ。演出家の顔も持っている。


 僕はスマホを構え、街灯の下のメイを映す。

 黒い手袋をじっと見て、雪のかたまりがはっきりわかるようになってきたタイミングでシャッターを押した。念のため二回目も。


「どうかな」

「おー、いいコントラスト! 冬っぽさ出てるよ!」


 自分でも確認させてもらう。

 手袋をはめたメイと、手のひらの雪、赤くなった頬。

 すごく冬を感じる。


「あ、ユッキーの頭、けっこう雪積もってきたね」

「そう?」

「待った!」


 頭に手をやろうとしたところでメイに止められた。


「今のユッキー、撮っておきたい」

「いいよ。任せた」

「いきまーす」


 カシャッ。

 すぐにメイが確認して、クスッと微笑んだ。


「お互いに冬の写真、一枚目だね」

「二人で入る?」

「やろっか!」


 僕たちは並ぶ。撮影は自撮りに慣れているメイに任せた。


 頭や肩に雪を乗せたカップルの写真が出来上がった。


「まだ冬と春の写真はないんだよね。これからいっぱい撮ろう!」

「オッケー。演出はメイにお任せで」

「ユッキーもアイディアあったら遠慮なく言ってね」


 メイは満足した様子だった。

 撮影が終わり、あとは店内に戻るだけだが……。


「メイ、あのさ」

「うん」

「寒いから、ちょっとだけ……」


 それだけで、伝わった。


「わっ」


 メイの方から僕に抱きついてくれる。

 お互いに厚着だから体温は伝わらない。

 けれどすぐ近くに寄った顔だけは、二人とも熱くなっているのがわかった。

 僕もメイの背中に腕を回し、抱き寄せる。

 メイの左ほっぺと僕の右ほっぺが触れ合う。


「またユッキーの部屋に行きたいな」

「来て、何したい?」

「部屋着でこれやりたい。きっと、もっとあったかいよ」

「それは最高だな」


 僕は目を閉じた。

 降ってくる雪が、ふわふわと頭に積もり続ける。


 熱い冬になりそうだ。

 そんなことを思った。

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