70話 ギリギリの勘違い

 その週の金曜日、僕はいつも通り高校を出た。

 かなり冷え込んでいる。

 長野はもう、いつ雪が降ってもおかしくない。


 僕は五叉路を右に曲がってマックの前を通り過ぎる。今日はメイたちもいなさそうだった。


 ガタンガタンと背後で音がした。

 マックのドアが開いて三人組の女子が慌てたように飛び出してくる。


「ちょっと、そのキミ!」

「話があります!」

「えっ、僕!?」


 予想外すぎて大声を出してしまった。


 しかも……よく見たらみんな北峰女子の生徒じゃないか。


 ――最悪の想像が頭をよぎった。


 まさか、気づかれたか? 僕とメイの関係がバレたのだとしたら……。


 走ってきた三人組はぜいぜいと呼吸を荒くしている。


「私たち、ずーっとキミのこと探してたの。まあ探す努力はしてなかったんだけど」

「偶然どこかで会えたら声をかけようと思っていました」

「それが今日ってわけね」

「は、はあ……何か用事でしょうか?」


 一番背の高い女子が言った。


「キミ、うちの高校の文化祭に来てたよね?」


 心臓が強く脈打つ。

 僕はメイのステージを見に行った。


「その時、見た人がいるんですよ」

「そう、徐々に噂になってるわ」

「な、な、何がですか……?」


 挙動不審な昔の僕に逆戻りしていた。

 茶髪をサイドテールにした女子がビシッと僕に指を突きつける。


「あなた、立花月詩ちゃんと屋台を回ってたそうじゃない!」


「あ、ああー……」


 そっちかー。


「月詩ちゃんは……まあその、ちょっと威圧感あるからあんまり大声で言えないんだけど、とにかく男子なんか興味なさそうな人だったのよ。それなのにあなたを連れ歩いて、帰り際にはわざわざ声までかけてたみたいじゃない」


 そんなこともあった。帰る時は周りに人がいないか確かめて話したけれど、校舎の窓から見られていたのかもしれない。


「だから水面下で噂になってるのよ。月詩ちゃんに彼氏ができたんじゃないかって」


 どうやら、ギリギリのところで勘違いしてくれているらしい。

 僕とメイではなく、僕と月詩さん。

 いや、安心できることではないんだけど、それでも最悪の事態は回避された。


「ええと……皆さんは月詩さんのクラスメイトですか?」

「そうだね」

「そうです」

「そうよ」


 返事がハモった。


「てか今! 当たり前のように名前で呼んだわね!? 絶対仲いいでしょ! どうやって月詩ちゃんに近づいたのよ!」


 しまった。

 名字はだいぶあとになって知ったので、僕の中では月詩さん呼びが自然になっているのだ。


「えーと、この通りでたまたま同じ時間に歩いててですね……」


 三人はすごく真剣な顔でこちらを見ている。


「月詩さん、いつもバットケースみたいなものを持ってるじゃないですか」

「そうね」

「それを肩にかけ直した時、ブレザーのボタンが引っかかって飛んじゃったんです。僕がそれに気づいて声をかけて……えっと、親交が生まれた、みたいな……」


 ほあー、と三人のリアクションがまたハモる。

 実はこれ、ほとんど事実なんだよな。


「なるほど、月詩さんってそういう小さなことでも恩を感じそうなタイプですし、納得できます」

「あの月詩ちゃんがねー。正直、男嫌いまであると思ってたのになあ」

「で、つきあってるわけではないのね?」

「は、はい。たぶん、向こうはちょっと仲のいい人くらいにしか思ってないんじゃないかと」

「そのわりには文化祭に呼ぶのね」

「気まぐれじゃないかな。淡々と案内されたし……」

「ああ、とても月詩さんらしいです、それ」

「それっぽい案内の仕方だ。やっぱり月詩ちゃんに彼氏はいない」

「いないようね。ホッとしたわ」

「気にしすぎだったようです」


 三人ともうなずいている。納得してもらえたか……?


「とりあえずすっきりしたわ。つきあってるかどうかだけ確かめたかったのよ」

「そこは心配しなくても大丈夫です」

「急に悪かったわね。それじゃあ」

「ありがとうねー」

「これ、お時間を取らせてしまった分のアップルパイです。どうぞ」

「ど、どうも」


 三人組はさっそくわいわい話しながらマックの方向へ戻っていった。


 あ、危なかった。本当に今回ばかりは終わったかと思った。


 危険な場所では絶対に接触しない。

 それを守ったおかげで助かった。

 妙な勘違いは生まれているが、メイとの関係は守れた。


 僕は深呼吸をする。

 寒かったはずなのにひどく汗をかいていた。


「……熱いうちに」


 もらったアップルパイを食べて、それからアパートに帰った。


     ☆


「それはマジでギリギリだったね~」


 その日の夜。

 メイにタイミングをうかがってから電話をかけ、帰りの出来事を話した。


「そっかぁ。みんな最近ひそひそ話してるのはそれのことだったか。でも、ユッキーはつきあってないって言ったんだよね?」

「うん。はっきりさせておいた」

「納得してくれればいいけど。てか、誰もあたしの名前は出さなかった?」

「そういえば出なかったね」

「だったら上手く隠せてるんだ。月詩を巻き込んじゃったのはまずかったなあ」

「みんな、月詩さんに彼氏がいるのは嫌だ――みたいな感じだったよ」

「そうなの?」

「雰囲気で伝わってきたね。月詩さんって同性から好かれるタイプじゃないかな?」

「うん。クールで身長高くて、あたしにはない落ち着きがあるから信頼されてる」

「だから、彼氏はいてほしくないって気持ちで質問に来たんだと思う」

「そういうとこあるよなー、月詩のファンって」


 メイは一人で納得していた。

 僕だって月詩さんの長所はたくさん知っている。


「何事も丁寧だし、気配りもすごくできるし、機械にも強いし、それは人気出るだろうね。想像つく」

「ふふふ」

「え?」


 なんで笑ったんだ?


「だそうですよ、月詩ちゃん」

「こ、こっちに振らなくていいから!」

「あ――」


 そ、そこにいたのか!?


「アパートにいるから安心して。ユッキーから電話来た時、月詩に聞かれて困る話はしないよなーと思ってそのまま出ちゃった」

「つ、月詩さん! なんかすみません!」

「べ、別に……」


 小さな声が聞こえた。


「私はどんな勘違いをされようとも気にしませんから……」


 すごく恥ずかしそうだった。


「ね、ユッキーは陰口言う人じゃないってわかったでしょ」

「え、ええ……」

「月詩もけっこう評価されてるね。ユッキーは譲らないから」

「わ、渡されても困ります! そっちで早く幸せになってください!」


 珍しくバタバタしている月詩さん。

 結局、三人で電話をするという想定外の形になった。


 メイとの関係も、月詩さんとの関係も守り切った。

 今日の戦果は充分だろう。


     ☆


 その後のメイの話によると、月詩さんに彼氏がいる説は急速に消えていったらしい。


 ――結城さんの対応のおかげです。


 と、月詩さんは言ってくれたようだ。


 何はともあれ、一件落着。

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