69話 二人の将来は

 次の週末。


〈今日はうちで練習するよ! お父さんが迎えに行くから!〉


 ――と、メイからとんでもないメッセージが送られてきた。


 本気で言ってる?


 辰馬さんがじきじきに迎えに来てくれるなんて恐れ多い。


 とはいえ話が固まっている雰囲気だったので、まっさらピュアの駐車場で待つことにした。


「やあ、久しぶりだね結城くん」

「お、お久しぶりです」


 黒い高級車に乗った辰馬さんがやってきた。

 僕は助手席に乗せてもらう。


「キミと会うのは夏休みにプールへ行ったとき以来だな。最近はどうなのだ」

「メイとは、変わらず仲良くさせてもらっています」

「何か私に言うことがあると思うが」


 くっ、辰馬さんの口調は静かなのに、社長オーラがすごいせいでひるんでしまう。


「その、メイの部屋に泊まらせてもらいました」

「よろしい。キミの正直なところを私は信用しているよ」


 あ、危なかった。今のは試されていたのか……。


「心細いから泊まってもらったとメイが言っていた。間違いは起こしていないだろうね?」

「も、もちろんです。メイを傷つけないように、距離感をはかっているつもりです」

「本当に真面目だな」


 しばらく沈黙があった。

 辰馬さんはゆっくり車を進めている。


「できれば教えてほしいのだが……」

「はい?」

「メイの方から不埒な話を持ちかけてきたことはないだろうね?」

「あ、ありません!」


 びっくりして思わず声が大きくなった。


「あの子は距離を急に詰めすぎる時がある。父親と言えどもそこは制御できないのでね」

「大丈夫です。メイを信じてあげてください」

「うむ。すまなかった」


 またしても気まずい沈黙。メイの家までもう少しだ。


「キミは来年受験だったな。進路は決めているのか」

「確定ではないですけど、明央めいおう大学を考えています」

「ほう、やはり上京するつもりなのか。まあ成績を聞けば充分狙えるだろうな。それで?」

「それで、とは?」

「その先まで考えているのかね」

「具体的なことはまだです。でも挙動不審もだいぶ克服できましたし、大きな企業に入って接客でもなんでも挑戦してみたいと思ってます」

「接客や営業はとても大変なものだ。私も会社が小さかった頃はいろんな相手に頭を下げてきたものだが、何度も精神的につぶれそうになった」


 辰馬さんほどの人でもそうなるのか……。

 だったら、ようやくコミュ障が改善しつつある僕にはとうてい無理では?


「だが、キミにはまだ時間がある。得意なことを探すのもいいし、苦手なことにあえて挑戦するのもいい。あと数年間、じっくり考えたまえ」

「は、はい。そうします」


「将来のプランはしっかり立ててほしいのだ。何せ私はもう、キミにメイを託すつもりでいるのだからね」


「え――」


 まさか。

 最初は認めてくれなかった辰馬さんがここまで言ってくれるなんて。


 僕だって、メイとの将来を夢見ている。

 けれど辰馬さんがうなずいてくれるかわからない。そう思っていた。

 その心配はもういらない。

 僕はいつの間にか、この人の信頼を得ていたのだ。


「メイはキミの話しかしない。帰ってくればユッキーと何を話した、こんなことをしてくれた――とそればかりだ。ケンカもせずこんなに仲良くしているなんて私には想像がつかない。妻とは意見のぶつかり合いが多かったのでね」


 言われてみれば、メイとケンカしたことはない。

 なにげない話題で笑って、次は何に挑戦するといった平和な話ばかりしている。


「ここまで仲睦まじくしているのだ。別れないのであれば、たどり着くところは一つしかないな?」

「そ、そうですね……」


 話が急激に進みすぎていて実感がまるで湧かない。


「まあ、突然そんな話をされても困るだろう。勉強を続けて、目標の大学に頑張って入るんだ。その時にもっと具体的な話をしよう」

「わかりました」


 メイの家に到着した。なんだか、すごく長い時間に感じられた……。


「さあ、あの子が待っている。楽しんできなさい」

「はい、ありがとうございます」


 僕はしっかり答え、辰馬さんの車を降りた。ガレージがダンスの練習場になっているので、しばらく街中を走ってくるそうだ。僕は門の前で降ろしてもらった。


「ユッキー! 来てくれてありがとー!」


 門を抜けると、トレーナーにジャージ姿のメイが笑顔で走ってくるのが見えた。


「今日はお父さんが自分で行くっていうから任せちゃった。怖いこと言われなかった?」

「全然そんなことなかったよ」


 びっくりはしたけど。


「進路の話とかを少しだけ」

「それ、お父さんめっちゃ気にしてた。ユッキーはもう考えてるの?」


 辰馬さんにしたのと同じ話をする。


「そっか、やっぱ上京するつもりなんだ」

「わかってたの?」

「ユッキー頭いいし、東京行くんだろうなーとは思ってた」

「目標の大学だから、どうしても行きたいんだ。でもメイは長野にいるよね?」

「そうだね、地元の大学かな」


 でも、とメイは明るい顔をしている。


「あたし、新幹線代とかは稼げてるし、気軽に会いに行くことはできるはずなんだよね。だから全然会えない遠距離になるとは思ってないの」


 未来に光が差した気がした。

 メイは想像以上にちゃんと将来のことを見ていた。


 お互いのやりたいことを尊重しながら交際も続ける。

 それができるなら一番いい。


「てか、まだ来年は高校生なんだからね? いま真剣に考えてもどっかで予定変わるって」

「それもそうだね。じゃ、ダンスの練習する?」

「する! もう出来上がってきてるから期待してくれていいよ」

「自分でハードル上げてきたね」

「超える自信あるもんね~」


 僕たちは笑いながら練習場のガレージへ向かう。


 つきあってから、ここまで将来の話をしたのは初めてだ。

 未来のことは誰にもわからないけど、暗いものにはならないはず。僕は前向きにに考えることにした。

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